第十七話 可能性はゼロじゃない
修理に出していた飛行船を受け取るため、
あの町に戻ってきた。
空賊の襲撃から、
それなりに時間は経っている。
日付を正確に数えていたわけじゃないが、
少なくとも、
瓦礫の山がそのまま放置されるほど
短い期間ではないはずだった。
町の入口をくぐると、
鼻をつく焦げた匂いは、
ほとんど感じなくなっていた。
代わりに、
木材を削る音。
金属を打つ音。
人の声。
完全に戻ったわけじゃない。
それでも、
町は「動いている」ように見えた。
視線を巡らせながら、
俺は自然とドックの方角へ足を向ける。
壊れた建物を避けるように伸びた仮設の通路。
補修跡だらけの壁。
あちこちに残る、
急いで直した痕。
それらを横目に進んでいくうちに、
船の係留索が視界に入った。
ドックの奥に、
俺の飛行船があった。
修理区画の片隅で、
必死に指示を飛ばすNPCがいる。
近づいてから、
あのとき一緒に逃げた整備士だと気づいた。
声は張り上げているが、
どこか無理をしているようにも見える。
背中が、少しだけ小さく感じた。
外装は仮留めのまま。
だが、
痛々しかった襲撃の痕は見えなくなっていた。
完全じゃない。
それでも、
飛べる状態にはなっているらしい。
瓦礫は片付けられ、
焼け落ちた建物も、
応急処置だけは済んでいる。
完全に元通り、というわけではない。
壁の色はまだらで、
焦げ跡も残っている。
だが、
確実に、時間は進んでいた。
人の姿も、戻りつつあった。
NPCたちだ。
荷を運ぶ者。
露店を再開する者。
修理中の壁を見上げて、
ため息をつく者。
誰もが、
「あの襲撃」がなかったかのように振る舞っている。
無理をしているわけでも、
忘れたふりをしているわけでもない。
ただ、
そうするのが当たり前だという顔だった。
俺は、
無意識に人の顔を追っていた。
――いた。
胸が、
ひくりと跳ねる。
露店の脇。
水桶を運ぶ子供。
見覚えがあった。
間違えるはずがない。
あの日、
空賊の魔法に巻き込まれ、
吹き飛ばされたNPCだ。
確かに、死んだ。
叫び声を聞いた。
消えるのも、見た。
助けなかった。
見捨てた。
俺は、
足を止めた。
しばらく迷ってから、
声をかける。
「……おい」
少年が振り向いた。
「はい?」
怪訝そうな顔。
警戒も、恐れもない。
俺を、
知らない。
「……無事だったのか」
自分でも、
ひどく間の抜けた問いだと思った。
少年は、首をかしげた。
「何の話です?
俺、今日もここで手伝いしてただけですけど」
初対面の反応だった。
冗談でも、
誤魔化しでもない。
本気で、そう言っている。
「……いや」
それ以上、
言葉が続かなかった。
少年は、
すぐに興味を失ったように、
再び水桶を運ぶ。
俺は、
その場に立ち尽くした。
見た目は同じ。
声も同じ。
立ち居振る舞いも、変わらない。
でも――
“続き”が、ない。
あの襲撃の記憶が、
きれいに消えている。
恐怖も。
痛みも。
俺の顔も。
「……NPCは」
喉の奥で、
言葉が転がる。
NPCは、死なないのか。
あるいは――
死んでも、戻ってくるのか。
プレイヤーと同じように。
――リポップ。
その可能性が、
遅れて、頭に浮かぶ。
もし、そうなら。
守れなかったと思ったものは、
失われたと思ったものは。
完全な消滅ではなく、
ただ、
見えない場所に退いていただけなのか。
それは、
救いだろうか。
それとも、
もっと残酷な仕組みだろうか。
少年は、
もうこちらを見ていない。
町は、
何事もなかったように回っている。
俺だけが、
時間から取り残されていた。
「……」
胸の奥が、
ざわつく。
希望と呼ぶには、
あまりにも頼りない。
だが、
完全な絶望とも、違う。
俺の知らない、
世界の新たな一面。
その事実だけが、
確かだった。
俺は、
もう一度だけ町を見渡した。
壊れながらも、
回り続ける場所。
もしかしたら――
自分が思っているほど、
この世界は、
単純じゃないのかもしれない。
立ち止まる理由が、
一つだけ減った。
そんな考えを、
すぐに打ち消しながら。
俺は、
ゆっくりと歩き出した。
飛行船のほうへ。
まだ、
確かめなければならないことが、
多すぎた。




