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妹NPCのためならPKも辞さぬ ログアウト不能でも一向に構わない  作者: 一月三日 五郎


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第十六話 箱の中に残ったモノ

 気づけば、立ち上がっていた。


 理由は、わからない。

 考えるより先に、

 ただ、足が動いた。


 床に残っていた冷たさから、

 逃げるように。


 ホームの奥。

 もう一つの部屋。


 ルナの部屋だった。


 扉は、閉まったまま。

 ノックをする理由も、

 もうなかった。


 小さなベッド。

 使われていない机。

 壁際に置かれた、見覚えのある宝箱。


 何度も見たはずの光景なのに、

 初めて足を踏み入れた場所みたいに感じた。


 俺は、しばらくその前に立ち尽くしていた。


 触れたくなかった。

 開けてしまえば、

 何かが決定的になる気がして。


「まだ、確定させたくない」


 そんな言い訳が、

 頭の中をよぎる。


 それでも、手は伸びた。


 宝箱を開く。


 軋む音が、

 やけに大きく響いた。


 中に入っていたのは、

 価値のあるものではなかった。


 鉱石のかけら。

 どこで拾ったのかも思い出せない、

 小さくて、くすんだ石。


 マンガ肉の骨。

 きれいに食べ尽くされた、

 少し大きめの白い骨。


 そして、

 焦げた肉。


「……失敗したな」


 声が、

 自分でも分かるくらい掠れていた。


 焼きすぎて、

 焦げてしまったやつだ。


 ――ああ。


 思い出した。


 最初に一緒にダンジョンを回った日。

 無駄に拾い集めた鉱石。

「きれいだから」と言って、

 ポケットにしまっていたっけ。


 マンガ肉を、

 一緒に食べた。


 焦げた肉は、

 俺が火加減を間違えたやつだ。


「失敗した……」


 そう言ったら、

 ルナは眉を顰め、

 少しかじり、

「……苦い」って言った。


 食べなかったと思ってたのに、

 こんなふうに、ここに残っている。


 胸の奥が、

 一気に潰れた。


 押しつぶされるみたいに、

 息が詰まる。


 視界が歪む。


 宝箱の中に手を突っ込んだまま、

 動けなくなる。


 指先が、

 焦げた肉に触れた。


 硬くなった表面。

 残っている、

 わずかな匂い。


「……ルナ」


 声が、震えた。


 自分の声だと、

 分かるのに、

 遠くに聞こえた。


 返事はない。


 それでも、

 もう一度、呼んだ。


「ルナ……」


 喉が、痛い。


 息が詰まる。


 肺が、

 うまく動かない。


 宝箱の中のものを、

 一つ一つ取り出す。


 鉱石を、床に置く。

 骨を、並べる。

 焦げた肉を、そっと置く。


 どうでもいいものばかりだ。

 売れもしない。

 役にも立たない。


 クエストにも、

 実績にも、

 何ひとつ関係ない。


 なのに、

 全部が、

 ここにあった。


 一緒に過ごした時間。

 無駄話。

 笑い声。

 くだらない失敗。


 眠くなるまで話した夜。

 肉の焼き加減で言い合ったこと。

 小さいほうがきれいだとか、

 露店めぐりが楽しかったとか。


 全部。


 床に座り込み、

 宝箱を抱えた。


 木箱の角が、

 胸に当たる。


 嗚咽が、漏れる。


 止まらなかった。


 声を殺すことも、

 抑えることも、

 できなかった。


 肩が、勝手に震える。


「ルナ……っ」


 何度も、名前を呼ぶ。


 呼べば、

 戻ってくる気がして。


 返事は、ない。


 それでも、呼んだ。


 呼ばずには、いられなかった。


 涙が、宝箱の中に落ちる。

 焦げた肉に、

 水滴が染み込む。


 滲んで、

 形が崩れる。


 ここにいるはずがない。

 もう、いない。


 頭では、わかっている。


 嫌というほど、

 分かっている。


 それでも。


 名前を呼ばないと、

 息ができなかった。


 呼ばないと、

 ここに立っている意味が、保てなかった。


 しばらくして、

 声が枯れた。


 喉が痛くて、

 もう、声が出ない。


 泣き疲れて、

 何も考えられなくなった。


 宝箱を閉じる。


 蓋を閉める音が、

 静かに響く。


 閉じた宝箱を、

 抱えたまま、

 床にうずくまる。


 腕に、

 力が残っていない。


 ルナの部屋は、

 何も変わっていなかった。


 埃も、

 匂いも、

 時間も。


 置いていかれたのは、

 俺だけだ。


 静かな部屋で、

 返事のない名前を、

 胸の中で繰り返しながら。


 呼ばない代わりに、

 思い出す。


 笑った顔。

 拗ねた顔。

 眠そうな目。


 俺は、

 そのまま動けずにいた。


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