第十五話 一人ぼっちのホーム
目につくプレイヤーは、すべて消えた。
街も、フィールドも、ダンジョンも。
視界に入る限り、人影はない。
足音も、
魔法の光も、
スキルの残滓も。
世界から、人の気配だけが抜け落ちていた。
逃げたのか。
ログアウトしたのか。
それとも、最初から、いなかったのか。
もう、どうでもよかった。
気づけば、ホームに戻っていた。
木造の小屋。
見慣れた天井。
埃ひとつない床。
空気は澄んでいて、
匂いも、温度も、
何ひとつ変わっていない。
俺は、部屋の中央で膝を抱え、うずくまっていた。
背中を丸め、
両腕で脚を囲い、
小さくなるように。
息は整っている。
体も、どこも壊れていない。
傷も、血も、
戦った痕跡すら残っていない。
それでも、動けなかった。
立ち上がろうと考えただけで、
身体が拒む。
ルナの仇は、討った。
爆弾を投げた空賊も、
その仲間も、
関係のない連中も。
逃げようとした者も、
武器を捨てた者も、
何もしていなかった者も。
理由なら、後からいくらでも並べられる。
危険人物だった。
敵対してきた。
止める必要があった。
世界のため。
誰かのため。
自分を守るため。
全部、嘘じゃない。
でも、
本当でもない。
ただ、苛立っていた。
胸の奥に溜まった何かを、
外に叩きつけたかっただけだ。
怒りなのか、
恐怖なのか、
喪失なのか。
区別する気も、
できる余裕もなかった。
剣を振るうたび、
プレイヤーが消えるたび、
少しだけ、楽になる気がした。
重たいものを、
一つずつ外しているような感覚。
――気がしただけだった。
最後の一人を斬ったとき、
何も変わらなかった。
世界は、
そのまま続いていた。
静かだった。
あまりにも、静かだった。
風の音すら、
遠くに感じた。
俺は、ホームに戻り、
こうして床に座っている。
誰もいない。
声もない。
足音も、笑い声もない。
時間が、
止まっているようだった。
「……」
喉が動いたが、
音にはならなかった。
声を出す方法を、
忘れてしまったみたいだ。
昨日と、同じだ。
名前を、呼ばなかった。
呼ばなくても、
答えはもう分かっている。
返事がないことも、
そこに誰もいないことも。
それを、
口に出したくなかった。
言葉にした瞬間、
全部が確定してしまう気がして。
ただ、ここにいる。
床に座り、
呼吸をして、
何もせずに。
プレイヤーを何人殺しても、
何も取り戻せなかった。
世界は、少しも巻き戻らない。
時間も、
選択も。
ルナはいない。
街も、戻らない。
俺の選択も、消えない。
守ると決めたものを、
守れなかった。
それだけだ。
膝に額を押しつける。
床は、冷たい。
冷たさだけが、
はっきりと分かる。
涙は、出なかった。
目は乾いていて、
瞬きすら、億劫だった。
出る資格が、ない気がした。
悲しむ前に、
やることを間違えた。
怒りも、憎しみも、
全部、使い切った。
剣を振るう理由も、
振るわない理由も、
もう残っていない。
残ったのは、
昨日と同じ静けさだ。
ここは、安全な場所だったはずだ。
帰ってくる場所だったはずだ。
逃げ込むための場所。
立て直すための場所。
まだ、壊れてはいない。
だからこそ、
余計に苦しい。
壊れてくれた方が、
楽だったのかもしれない。
俺は、
その中で動かないまま、
時間が過ぎるのを待っている。
朝になるのか、
夜になるのか、
分からないまま。
何かが起きるのを、
起きないことを、
どちらでもいいから。
ただ、
一人で。




