第十四話 壊れた日常
噂は、早かった。
視界に入ったプレイヤーをPKする危険人物がいる。
聞いたこともないスキルを、クールタイムもなしに使う。
魔法を使わないことから、剣士タイプらしいことはわかった。
だが、目撃者はほとんどいない。
生きて戻った者が、少なすぎた。
逃げ延びた者も、
正確な状況を説明できるほど冷静ではなかった。
NPCから情報を集めるしかなく、
正確な能力は、誰にもつかめなかった。
街の酒場で。
広場で。
掲示板で。
同じ話が、少しずつ形を変えて広がっていく。
尾ひれが付き、
誇張され、
恐怖だけが増幅していった。
いわく、人が流れ星になった。
いわく、蹴りで竜巻を起こした。
いわく、いわく、いわく……
レイドボスではないか、と言い出す者もいた。
それなら徒党を組めば勝てる。
数で押せば止まる。
そう信じた連中が集まり、
狩りを始めた。
結果は、変わらなかった。
魔法が飛び、
スキルが交差し、
怒号と詠唱が、無秩序にぶつかる。
その中心で、影が動いていた。
斬る。
避ける。
踏み込む。
殴る。
判断はいらない。
考える必要もない。
近い。
遠い。
来る。
それだけだ。
吹き飛び、
消える。
次。
次。
次。
間合いも、
連携も、
作戦も。
意味をなさなかった。
名前も、顔も、関係ない。
敵かどうかを確かめる必要すらない。
近づくものは、等しく消えていった。
そして——
影だけが残った。
そう、それは俺だ。
あの爆発のあと。
探した。
瓦礫の下も、
燃え残った建物も、
崩れた壁の向こうも。
名前を呼び続けたが、
返事は、最後までなかった。
危険人物として指名手配され、
討伐対象として追われるようになった。
だが、包囲も、奇襲も、意味をなさない。
視界に入った順に、処理する。
背後に回られても、
囲まれても、
やることは同じだ。
考える必要もない。
ただ、繰り返すだけだった。
抵抗の感触も、
手応えも、
重さもない。
皆、
何も残さずに消える。
——虚しかった。
以前も、
同じようなことをしていたはずなのに。
ルナと回ったダンジョン。
同じ敵。
同じ動き。
同じ効率。
笑ったり。
怒ったり。
悲しんだり。
些細なことで足を止めて、
意味もなく話をして、
それでも、前に進んでいた。
見ているだけで、楽しかった。
あのときは、満たされていた。
捨てることで、得るものがあった。
だが、今は。
何もない。
気づくと、足が止まっていた。
周囲には、
倒すべきものも、
守るべきものも、
もう残っていなかった。
帰ろう。
ここには、何もない。
邪魔するものも、いない。
帰還の魔法を使う。
身体を光が包み、
感覚が、ひとつずつ剥がれていく。
視界が白く染まり、
音が遠ざかる。
目を開けると、ホームだった。
木造の小屋。
広すぎず、狭すぎず。
炉と作業台と、簡易な調理スペース。
何も変わっていない。
それが、ひどく異様だった。
静かだ。
っ。
口から、息が漏れる。
胸の奥が、
遅れて軋んだ。
「……」
名前を呼びそうになって、やめた。
呼んで。
返事がなかったら。
それで、すべてが
確定してしまう気がして、
怖かった。
あの時も、呼べなかった。
椅子に腰を下ろす。
脚に、力が入らない。
座った瞬間、
張り詰めていたものが崩れ落ちた。
手が、震えていた。
どれだけ暴れても、
どれだけ斬っても、
この震えは止まらない。
守ると決めたものを、
守れなかった。
外では、まだ噂が広がっているだろう。
危険人物。
殺戮者。
止めなければならない存在。
どうでもよかった。
今の俺は、
考えずに、斬っているだけだ。
それでも。
この場所だけは、
まだ壊れていなかった。
だからこそ、
余計に、息が詰まる。
そして、初めて。
返事を期待せずに、名を呼んだ。
「……」
返事は、なかった。
静けさだけが、
そこにあった。




