第十一話 大トロも正義
飛行船で世界を旅する生活にも、すっかり慣れてきた。
目的地は決めない。
気が向いた場所に降りて、
飽きたらまた飛ぶ。
気分は空賊だ。もっとも、戦う気はない。
効率も、ランキングも、
今の俺たちには関係ない。
その日、立ち寄ったのは南国の港町だった。
観光用のクエストが少なく、
イベントも地味。
プレイヤーの姿も、ほとんど見当たらない。
「なんか、のんびりしてるね」
ルナがそう言って、桟橋を覗き込む。
「ああ。たまにはこういう町もいい」
港の掲示板に、紙切れが一枚貼られていた。
【釣りイベント開催中】
【いちばん“でかい魚”を釣った者が優勝】
賞品は、レアアイテム。
「釣り、やってみたい」
「暇つぶしにはちょうどいいな」
軽い気持ちで参加を決め、
クルーザーを借りて沖へ出た。
海は穏やかで、
空は高い。
竿を垂らし、
ただ待つ。
それだけの時間が、
やけに新鮮だった。
ひたすらに待ち続ける。
ルナがこっくりこっくりと舟をこぎ始めたとき、
それは来た。
「……お、重」
突然、竿が折れそうなほどに大きくしなる。
引きが、明らかにおかしい。
「重すぎるぞ……これ、魚か?」
ドラゴンでも素手でぶっ飛ばせる俺が、
引きずり込まされそうになるほどだ。
次の瞬間、
海面が割れた。
姿を現したのは、
巨大なシーサーペント。
「……おかしいだろ、これ。
なんで魚用のえさに食いついてんだよ」
多少、苦労したが、
なんとか引きずり上げた。
後で気づいたが、直接担いだ方が早かったかもしれん。
あ、それだと失格になるか。
シーサーペントは、
派手な水音とともに消滅した。
なるほど。
水棲モンスターを“釣り上げる”と、こうなるのか。
しかし――
この場合、判定はどうなる?
一瞬の沈黙。
次の瞬間、
視界にログが流れる。
【分類処理:魚類(暫定)】
【対象:シーサーペント】
【サイズ:15M】
「……こんなの、ありか?」
港に戻ると、
ざわめきが起こった。
漁師たちも、想定外の釣果に落ち着かない様子だ。
「いや、あれいいのか……」
「シーサーペントって魚か? 竜種じゃないのか?」
「一応、天の声は認めてるみたいだけど……やっぱ最近おかしいな」
結果は、優勝。
賞品のレアアイテム――
追憶のブローチが手渡され、
さらに――
シーサーペントのドロップとして、
大量の霜降りマグロが手に入った。
「えっ……霜降り?」
ルナの目が輝く。
やはり花より団子か。
ブローチはあとで渡すとしよう。
特に変わった効果はなさそうだが、釣りイベントの記念だ。
港の料理人に頼み、
その場で捌いてもらった。
皿に並ぶ、艶やかな身。
「おいしい……」
ルナは、心底満足そうだった。
生の魚は初めてのはずなのに。
肉でも魚でも、霜降りは正義らしい。
結果オーライ。
むしろ、出来すぎなくらいだ。
俺は、少しだけ首をひねる。
漁師たちの様子。
天の声――システムメッセージの挙動。
ドロップの量。
ここにも、異常は及んでいるのか?
水平線に太陽が沈み、
港町をオレンジ色に染めていく。
……とても、そうは思えなかった。
「まあ、いいか」
今さら気にしても仕方ない。
しかし、大トロ、うまいな。
これなら海の近くに別荘を持つのもいいかもしれん。
大富豪みたいだな。
――あ、金ないんだった。
「大トロは正義だな」
「うん!」
夕暮れの港で、
俺たちはのんびりと食事を続けた。
この町は静かで、
何も起きない。
少なくとも、
この日は。
――世界のあちらこちらで、
小さな異常が、静かに積み重なっていることに、
そのときの俺たちは、まだ気づいていなかった。




