第2話:金色の髪
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フェリシア様の訃報が流れてから、学園は不気味なほど早く日常へ戻っていった。
授業は再開され、教師達はいつも通り黒板へ文字を書き、生徒達も以前と変わらない顔で談笑している。
笑い声さえ聞こえていた。まるで、何事もなかったみたいに。
けれど私は、時々ふと周囲の空気が止まる瞬間を感じるようになっていた。
廊下ですれ違った時、食堂へ入った時、さらに教室で席についた時。
一瞬だけ、誰かの視線が集まる。
そして次の瞬間には、何事もなかったように逸らされる。
そんなことが増えていた。
その日も、朝から妙に落ち着かなかった。
授業の準備をしようとして、机へ鞄を置く。
留め具を外し、中へ手を入れた瞬間だった。
指先に、何か細いものが絡みついた。
「……え?」
引き抜くと、それは金色の髪だった。
細く、長い髪。
蝋燭の灯りを受けて淡く光るその色を見た瞬間、心臓がどくりと鳴る。
フェリシア様の髪と、同じ色だった。
私は慌てて周囲を見回した。
教室には何人も生徒がいる。
誰かの悪戯かもしれない、そう思おうとした。
でも、こんな長い金髪の生徒は学園にほとんどいない。
まして、こんな色は。
「アメリ様?」
ヴィオレット様の声に、私は反射的に髪を握り込んだ。
「どうかされまして?」
「い、いえ…なんでもありません」
慌てて髪を鞄の奥へ押し込む。
ヴィオレット様は不思議そうに小首を傾げたが、それ以上は何も聞かなかった。
代わりに、そっと私の机へ小さな包みを置く。
「朝食をあまり召し上がっていないでしょう?」
「え?」
「マリエルが焼き菓子を作ってきてくれたのです。よろしければ」
見ると、小さなレモンケーキだった。
甘い香りがふわりと漂う。
「ありがとうございます……」
戸惑いながら受け取る。
ヴィオレット様は柔らかく微笑んだ。
「無理をなさらないでくださいませ。最近、ずっと顔色が優れませんもの」
優しい声だった。
本当に、優しすぎるくらいに。
授業中も、私はずっと鞄の中が気になっていた。
あの髪はまだ入っているのだろうか。
誰かに見つかったらどうしよう。
そもそも、どうして入っていたのだろう。
考え始めると集中できなかった。
教師の声が頭に入ってこない。
窓際の空席が視界に入るたび、胸の奥がざわつく。
フェリシア様の席は、今も空いたままだった。
誰も座ろうとしない。
教師でさえ、まるでそこを避けるみたいに立っていた。
昼休みになり、私はこっそり鞄の中を確認した。
けれど、そこには何もなかった。
金髪は消えていた。
代わりに教科書がきちんと整えられている。
誰かが触った形跡もない。
「……気のせい?」
思わず呟く。
その時だった。
「アメリ様?」
背後から声がして、私は肩を跳ねさせた。
クロード様だった。
「そんなに驚かなくても」
「す、すみません」
「最近、本当にお疲れみたいですわね」
クロード様はそう言って、静かに微笑んだ。
細い指が、私の乱れた髪へ伸びる。
「少し失礼いたしますね」
さらり、と耳元の髪を整えられる。
その仕草があまりに自然で、私は一瞬動けなかった。
「……ありがとうございます」
「フェリシア様も、よく髪を整えてくださいましたの」
クロード様は懐かしそうに目を細める。
「授業中に乱れると、見ていて気になるとおっしゃって」
まただ。
最近、3人は必ずフェリシア様の話をする。
何気ない会話の中に、食事の最中に、授業の合間に、まるで呼吸をするみたいに自然と。
それが嫌だとは思わなかった。
思わなかった、はずなのに。
その日の放課後。
ヴィオレット様達と廊下を歩いていた時だった。
「アメリ様、少しこちらを」
マリエル様が、小さな手鏡を差し出した。
「髪が乱れておりますわ」
「え?」
私は鏡を受け取り、自分の顔を見る。
赤茶色の髪に少し疲れた顔。
緑の瞳の見慣れた自分が、鏡越しに見つめ返す。
――その後ろに、金色が見えた。
長い髪だった。
鏡の中で、誰かが私のすぐ後ろに立っている。
金色の髪が、肩から静かに流れていた。
息が止まる。
反射的に振り返った。
誰もいない。
長い石造りの廊下が続いているだけだった。
窓から差し込む夕陽が、床を赤く染めている。
「アメリ様?」
マリエル様が不思議そうに首を傾げた。
「どうかなさいました?」
「……いえ」
喉がうまく動かなかった。
鏡を返す私の指先が、少しだけ震えていた。
その日の夜。
部屋へ戻った私は、何度も鏡を見てしまっていた。
映るのは自分だけだ。
当然ながら誰もいない。
それなのに、背後が気になる。
振り返りたくなる。
誰かが立っている気がする。
私はぎゅっと目を閉じた。
きっと疲れているだけだ。
フェリシア様のことが頭に残っているだけ。
あの人が亡くなったばかりだから。
ただ、それだけ。
――そう思いたかった。
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