第1話:フェリシアの消失
どうかブクマと☆をお願いします…!!!
翌日から、学園の空気は変わった。
けれど、それは誰かが大声で騒いだからではない。
むしろ逆だった。
誰も何も言わないまま、静かに、けれど確実に、空気だけが変わっていた。
朝の鐘が鳴り、生徒達が石造りの廊下を行き交う。授業が始まり、教師達が黒板へ文字を書き、食堂では温かなスープの香りが漂っていた。
そんな昨日までと同じ日常、なのに何かが違う。
それを一番強く感じたのは、教室へ入った瞬間だった。
ふと、目に入ったフェリシア様の席が空だった。
窓際の一番後ろ。いつもなら白い指先で本をめくっているはずの席に、今日は誰も座っていない。
私は無意識にその席を見つめていた。
「アメリ様」
声をかけられ、はっとする。
ヴィオレット様だった。
今日は深い赤色のドレスを着ていて、その後ろにはクロード様とマリエル様も立っていた。
「こちらへどうぞ」
ヴィオレット様が自然な動作で、私の隣の席を引く。
そこは昨日まで、フェリシア様の取り巻き達が座っていた場所だった。
「え……でも」
「お気になさらないでくださいませ」
クロード様が穏やかに微笑む。
「これからは、わたくし達がアメリ様のお側におりますから」
その言葉に、胸の奥が妙にざわついた。
まるで最初から決まっていたみたいに聞こえた。
私はゆっくり席へと座る。
ヴィオレット様達も、ごく自然な動作で私の周囲へ腰掛けた。
教室の何人かがこちらを見ていた。けれど、誰も何も言わない。
ただ視線だけが、静かに集まっている。
「……フェリシア様は」
思わず口を開きかけた瞬間、空気が止まった気がした。
周囲のざわめきが、一瞬だけ遠くなる。
ヴィオレット様が静かに瞬きをした。
「体調を崩されたそうですわ」
マリエル様が柔らかい声で言った。
「しばらくお休みになると伺っております」
「そう……なんですね」
それ以上、誰もフェリシア様の話をしなかった。
教師も、生徒達も。まるで最初から、その席に誰もいなかったみたいに。
授業が始まっても、私は何度も窓際の空席を見てしまった。
昨日まで、そこにフェリシア様がいた。静かに本を読み、綺麗な字でノートを書き、教師に当てられれば完璧に答えていた。
あの姿が、まだそこに残っている気がする。
昼休みになると、ヴィオレット様達が自然に私を食堂へ誘った。
広い食堂は、生徒達の話し声で満ちている。銀の食器が触れ合う音、スープの湯気に焼き立てのパンの香りは、いつも通りの昼食風景だった。
なのに、やっぱりどこか変だった。
「アメリ様はこちらがお好きでしたわよね」
マリエル様が、焼き菓子の皿を私の方へ寄せる。
「え? どうして…」
「以前、夜会で召し上がっておられたでしょう?」
私は少し驚いた。気付かないうちに見られていた。
そして、そんな細かいことを覚えられていたのだ。
「アメリ様は甘い物がお好きですものね」
クロード様が笑う。
「フェリシア様も、そのことをよくご存じでしたわ」
私は顔を上げた。
クロード様は、何気ない調子で紅茶へ口をつけている。
「フェリシア様が?」
「ええ」
ヴィオレット様が頷いた。
「フェリシア様は、前から分かっておられたのです」
胸が、どくりと鳴った気がする。
「…何を、ですか」
「殿下のお気持ちですわ」
ヴィオレット様の声は静かだった。
そこに責める響きはなく、怒りもない。
ただ事実を話しているだけみたいだった。
「だからわたくし達へ、おっしゃっていたのです」
クロード様が続ける。
「いずれアメリ様のお側へ行くことになるでしょうから、仲良くして差し上げて、と」
私は言葉を失った。
全部、知っていた。フェリシア様は最初から分かっていたのだ。
婚約者の心が、自分から離れていることを。
アルフレッド王子が、私を見ていたことを。
それなのに怒らないし、責めなかった。
昨日も、そして今日も。
「……優しい方だったのですね」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
すると3人は、ほとんど同時に微笑んだ。
その笑顔は綺麗だった。
でも綺麗すぎて、少しだけ怖かった。
「ええ」
ヴィオレット様が言う。
「フェリシア様は、本当にお優しい方でした」
ヴィオレット様は、ゆっくりと言葉を噛みしめるみたいにそう言った。
その声音は穏やかだった。
けれどなぜか、胸の奥へ冷たいものが落ちる。
まるで。
もう二度と会えない人の話をしているみたいだった。
フェリシア様が学園へ来なくなって、三日が過ぎた。
最初は体調不良だという話だったはずだ。
でも四日目になっても、五日目になっても姿を見せない。
教師達は何も言わないし、生徒達も、誰も深く話題にしない。
ただ時々、廊下ですれ違う時に、小さな声が聞こえるだけだ。
「まだお休みなのね」
「ご実家へ戻られたのかしら」
「でも、お荷物はそのままだったわよ」
「…そう言えば北側の湖って、昔からあまり近づくなって言われていますわよね」
その言葉に、周囲が一瞬だけ静かになった。
そんな囁き声も、私が近づくと止まった。
ある日の放課後。
私は図書室へ向かう途中で、偶然、寮母とすれ違った。
普段とても頼りになる年配の女性は、なぜか疲れた顔をしていた。
「フェリシア様のお部屋を片付けないといけませんからねぇ…」
そう独り言みたいに呟いて、すぐ口を閉ざす。
私は思わず足を止めた。
「片付ける…?」
寮母は、はっとしたように顔を上げた。
「ああ、いえ…」
それ以上は何も言わず、慌てるように去っていく。
嫌な予感がした。
理由は分からない。でも胸の奥が、妙にざわついていた。
そして、その翌週だった。
朝礼の時間。担当の先生が、静かな声で告げた。
「フェリシア・ヴァンホルト嬢が、お亡くなりになりました」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
教室が静まり返る。
「数日前、学園北側の湖にて発見されました。繰り返しますが、皆さんは決して湖へ近づかないように」
それだけだった。
詳しい説明は、何もなかった。
原因も、経緯も、何も聞かされず。
しかし誰も泣かなかった。
泣いてはいけない空気だったのかもしれない。
あるいは。
もう誰も、フェリシア様へ触れてはいけないと思っていたのか。
私はゆっくりと、窓際の席を見る。
空席だ、誰も座っていない。
昨日までずっと、空だった席。
なのにその時、初めて思った。
もう、本当に戻ってこないのだと。
1位取りたいです
どうかブクマと☆をお願いします…!!!




