表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紡ぎの剣 〜見えない糸を断つ者〜  作者: つるぎまる
第四章『境界へ至る』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/108

第九十六話「歩き続ける者」

いつも読んでいただきありがとうございます。


別れは終わりではありません。


残された者達は、

それぞれの想いを抱えながら歩き続けます。


第九十六話「歩き続ける者」


よろしくお願いいたします。

 誰も動けなかった。


 じんは消えた。

 霧のように、跡形もなく。


 残されたのは、藤色の布だけ…。


「馬鹿野郎ぉぉぉ!!」

 らんの叫びが空洞へ響く。

 拳が地面を叩く。


「何でだよ……!」

「何で一人で抱え込むんだよ……!」


 声が震える、涙が止まらない。


 豪山ごうざんは何も言えない。

 綾乃あやのも俯いている。

 蒼真そうまは黙ったまま立ち尽くしていた。

 誰も迅を責められない。


 あの男ならそうするだろうと、誰もが分かっていたからだ。

 仲間を守るためなら、自分一人で背負い込む。

 笑って別れも告げずに消えてしまう。

 それが迅だった。


 だからこそ苦しい、

 止められなかったことが。

 何も返せなかったことが。


 胸の奥を抉るように痛い。

 誰も嵐を止められない。

 親友との別れだった。


 いや。

 別れと呼ぶにはあまりにも突然で、

 あまりにも残酷。


 だから、

 誰も声を掛けられない。


 その時、

 誰にも気付かれないまま。

 無月むつきが歩き出す。


 足元へ落ちていた藤色の布を拾い上げる。

 指先に残る感触。

 まだそこに迅の温もりが残っている気がした。

 胸の奥が僅かに軋む。


 だが無月は何も言わない。

 しばらく見つめた後。

 首へ巻いた。


 それは形見ではない。

 置いていかれた想いを受け取るための物。


 風が吹く。

 藤色の布が僅かに揺れた。


 無月むつきは振り返らず、

 その場を去った。




 夜…。

 空には月が出ていた。


 誰もいない岩場。

 無月むつきは一人で座っている。

 首には藤色の布。

 手には握り飯。


 月を見る。

 風が吹く。


 静寂だけが広がっていた。

 迅は、もういない。

 その事実だけが、やけに重く胸へ沈んでいる。

 いつも隣にいた男。

 鬱陶しいほど世話を焼き。

 勝手に飯を押し付け。

 余計なことばかり言っていた男。


 もう二度と、その声は聞こえない。


 そう思った瞬間。

 胸の奥に空いた穴が、冷たく広がった。


 ふと…

 声が聞こえた気がした。


『一人になっても』


『ちゃんと飯食えよ』


 無月むつきは目を閉じる。

 脳裏に浮かぶのは、不器用に笑う迅の顔だった。

 そして。

 握り飯を一口食べた。

 噛み締めるように。


 まるで迅が残した時間を味わうように。

 ゆっくりと飲み込む。


 その時。


 一筋だけ。

 涙が頬を伝った。


 無月むつきは拭わない。

 失ったことを認めるように。

 その痛みを胸へ刻むように。


 月を見上げたまま。

 小さく呟く。


「……食ってる」


 掠れた声だった。

 返事はない。


 それでも。

 確かに届いてほしいと思った。


 風が吹く。

 藤色の布が揺れる。


 無月むつきは立ち上がった。

 悲しみは消えない。

 喪失も埋まらない。


 それでも立ち止まるわけにはいかなかった。

 

 どこへ行くのか。

 誰も知らない。

 振り返らない。

 足を止めない。

 前へ。

 静かな夜の中へ歩き出す。




 無月むつきは歩き続けた。

 月明かりが岩肌を白く照らす。


 その背中だけが、闇の向こうへ溶けていく。

 失われたものを抱え。

 胸に消えない痛みを残したまま。


 託されたものを首に巻き。

 それでも。

 歩く。


 じんがいなくなった世界を、

 自分の足で進むために…。


 夜空には雲ひとつない。


 まるで誰かが見守るように、月だけが静かに輝いていた。


 そしてその先には。

 まだ誰も知らない運命が待っている。



第九十六話 終


第九十六話を読んでいただき、ありがとうございました。


迅が消えた後、

残された者達の悲しみは簡単には消えません。


嵐には嵐の。

蒼真には蒼真の。

そして無月には無月の別れがあります。


感情を表に出さない無月ですが、

彼なりに迅との時間を受け取り、

前へ進もうとしています。


藤色の布も。

握り飯も。


失われたものを忘れないための形なのかもしれません。


歩みは止まりません。


物語もまた、

少しずつ終わりへ向かって進んでいきます。


次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ