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紡ぎの剣 〜見えない糸を断つ者〜  作者: つるぎまる
第四章『境界へ至る』

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第九十五話「会いたかっただけなんだ」

ここまで読んでくださりありがとうございます。


守るため。

取り戻すため。

救うため。


様々な理由が交差してきました。


けれど、その奥にあった本当の想いとは――。


第九十五話「会いたかっただけなんだ」


よろしくお願いいたします。

 らんの拳に力がこもっていた。


 前へ出る。 

 足が止まる。


「……嫌だ」

 掠れた声だった。


「嫌だよ……」


 じんは何も言わない。

 ただ待っている。

 親友の答えを。


 らんは俯いた。

 強く拳を握り締める。

 視界が滲む。


「何でだよ……」

「何でお前なんだよ……」


 返事はない。

 結晶はさらに広がる。

 肩を覆い。

 首を覆い。

 頬へ届こうとしていた。

 もう時間は残されていない。


「……馬鹿野郎」

 らんが呟く。


「本当に馬鹿野郎だ」

 込み上げる感情を抑えきれない。


「何で一人で背負うんだよ……」

「何で何も言わねぇんだよ……!」


 じんは黙ったまま聞いていた。


「俺たち親友だろ……!」

「助けろって言えよ……!」

「苦しいって言えよ……!」

「置いていくなよ……!」


 押し殺していた想いが一気に溢れ出す。


 じんが少し笑った。

 今にも泣き出しそうな顔で。

 それでも優しく。


 その笑顔を見た瞬間、らんは理解してしまう。


 もう覆らないのだと。


 だからこそ、胸が引き裂かれるほど辛かった。


 らんは目を閉じる。

 短く息を吐く。

 そして拳を構えた。

 親友を見る。


 じんも見ている。

 穏やかな眼差しで。

 昔と同じように。


「……行くぞ」

 らんの声が揺れる。


 じんは小さく頷く。

「おう」


 最後の返事だった。


 らんが踏み込む。

 拳が走る。

 結晶へ。

 一撃。


 白い結晶が砕け散った。

 光が溢れる。

 世界が白く染まった。



 それは、迅の記憶…。


 どこまでも高く澄み渡る青空。


 眩しい陽射しが降り注ぎ、頬を撫でる風は心地よく温かい。


 遠くで鳥が鳴き、草を踏みしめる音と笑い声が重なる。


 奏多かな…。

 藤色の布。


「また二人とも喧嘩してる」

 陽光を受けて髪を揺らしながら、奏多が笑う。


「迅が先だ!」

 怒る嵐。


「違う」

 即答する迅。


 三人で笑う。

 青空へ溶けていくような笑い声。


 走る。

 土の感触を蹴り上げながら。


 転ぶ。

 熱を帯びた地面に手をついて。


 怒られる。

 また笑う。


 当たり前だった日々。

 夕暮れまで遊び続けても終わらないと思っていた日々。


 失うなんて思わなかった日々。


 景色が流れていく。

 眩しい光。

 賑やかな声。

 誰かが隣にいる温もり。


 それらが次第に遠ざかっていく。


 …そして最後。

 藤色の布を握る迅。


 独り。


 冷たく静まり返った世界の中で。

 長い時間、独りきり…。


 さっきまで満ちていた笑い声はなく、耳に残るのは沈黙だけ。


 迅の声が響く。

「奏多……」


 懐かしそうに。

 優しく。

 愛おしそうに。


「俺は……」

 

「取り戻したかったんじゃない…」


 らんの胸が締め付けられる。

 あの温かな記憶と、今目の前にある別れの現実。

 その落差が痛いほど胸を抉った。


「…ただ…」

「おまえに…会いたかっただけなんだ…。」



 光が消える。


 じんの姿が薄れていく。

 霧のように。

 淡く。


 らんはその場に立ち尽くした。

 伸ばした手は届かない。

 何も掴めない。


「……馬鹿野郎」

 掠れた声が漏れる。

 こぼれた雫が頬を伝う。


 じんは最後まで笑っていた。

 別れを惜しむような顔ではなく。

 どこか満たされたような顔で。


 そして視線を向ける。


 無月むつきへ。


「無月?」


 無月むつきが顔を上げる。

 じんは少し困ったように笑った。


「一人になっても」

「ちゃんと飯食えよ」


 無月むつきの目が大きく見開かれる。

 無月むつきは息を呑む。

 けれど声が出ない。


 何かを返そうとした瞬間には。

 じんの輪郭は光に溶けていった。


 誰にも引き留められないまま。

 その存在は空へほどけていく。


 姿が完全に消えた後も。

 しばらく誰も動けなかった。


 風だけが吹いていた。

 先ほどの記憶の中の温かな風とは違う。


 肌を撫でる空気はどこか冷たく、静寂だけが広がっている。


 広がる空虚が胸を満たす。


 らんは俯いたまま拳を握る。


 無月むつきも立ち尽くしていた。


 もう返事はない。

 もう笑い声も聞こえない。

 それでも世界は続いていく。

 足元には。

 藤色の布だけが残されていた。



第九十五話 終


第九十五話を読んでいただき、ありがとうございました。


迅が本当に求めていたもの。


それは世界を変えることでも、

誰かを蘇らせることでもありませんでした。


ただ、もう一度会いたかった。


それだけだったのだと思います。


長い時間を一人で抱え続け、

誰にも言えなかった想い。


嵐との別れ。

そして無月へ残した最後の言葉。


少しでも届いていたら嬉しいです。


次回、第九十六話。


残された者達は、それぞれの想いを抱えながら前へ進みます。


引き続きよろしくお願いいたします。

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