第九十三話「断つ者」
いつも読んでいただきありがとうございます。
止まっていた流れが再び動き始めます。
選ぶこと。
断つこと。
その意味と向き合う時が訪れました。
よろしくお願いいたします。
空洞は静まり返っていた。
誰も動かない。
誰も声を出さない。
黒い糸だけが、迅の傷口から零れ落ちている。
一本。
また一本。
止まることなく。
流れ続けていた。
迅は蒼真を見ている。
蒼真は動けなかった。
刀を握っている。
だが、振れない。
目の前にいるのは敵ではない。
迅だ。
嵐の親友だ。
まだ立っている。
まだ話している。
まだ人に見える。
「神代の者よ――」
迅が静かに言った。
空洞に響く。
誰も口を挟まない。
「迷うな」
蒼真の肩が震えた。
迅は続ける。
「それがお前の役目だ」
黒い糸が零れる。
足元へ。
床へ。
流れ続ける。
「……迅」
嵐の声が震えた。
迅は振り返らない。
視線は蒼真だけを見ている。
「断て」
短い言葉だった。
だが。
重い。
蒼真は刀を握り締めた。
父の言葉が過る。
⸻
妹を守れる強い男になれ。
⸻
幼い頃。
何度も聞いた言葉。
意味など考えたこともなかった。
だが今は違う。
守るために。
断たなければならない。
蒼真は目を閉じる。
短く息を吐いた。
そして、刀を構える。
「……すまない」
誰に向けた言葉か。
自分でも分からなかった。
迅は小さく笑う。
「謝るな」
その声は穏やかだった。
蒼真が踏み込む。
刀が走る。
白い軌跡。
黒い糸。
交差する。
一閃。
静寂。
そして、黒い糸が断ち切られた。
空洞が震える。
無数の糸が悲鳴のように揺れた。
蒼真は息を呑む。
終わらない。
黒い糸は消えた。
だが、迅の身体が軋む。
腕。
肩。
胸。
白い結晶が広がっていく。
篝が静かに目を伏せた。
「核が残っている」
誰も答えない。
答えは分かっていた。
嵐が一歩前へ出る。
「やめろ……」
迅の腕が結晶へ変わる。
指先。
肩。
首元。
止まらない。
「やめろ」
嵐の声が震える。
「迅……」
迅は静かに親友を見る。
何も言わない。
ただ、少しだけ笑った。
第九十三話 終
第九十三話を読んでいただきありがとうございました。
ずっと旅を続けてきた蒼真達。
辿り着いた先で、それぞれが抱えてきた想いが形になり始めます。
断つということは、
決して簡単なことではありません。
次回もよろしくお願いいたします。




