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紡ぎの剣 〜見えない糸を断つ者〜  作者: つるぎまる
第四章『境界へ至る』

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第九十二話「静寂」

いつも読んでいただきありがとうございます。


激しい戦いの最中。


けれど、

本当に大きく何かが動く時ほど、

不思議な静けさが訪れることがあります。


今回はそんなお話です。


よろしくお願いいたします。


 ドスッ。


 鈍い音だった。

 誰も動かない。

 誰も声を出さない。


 空洞を流れる黒い糸だけが揺れていた。


 嵐《らん》が目を見開く。


 蒼真《そうま》も。


 弦《げん》も。


 綾乃《あやの》も。


 豪山《ごうざん》も。


 全員の視線が一点へ集まる。


 そこに立っていたのは――

 迅《じん》だった。


 無月《むつき》の前。

 守るように。

 庇うように。


 胸へ一本の矢が突き刺さっている。


 時間が止まった。


「……迅」

 無月《むつき》の声だった。


 小さな声。

 初めてだった。

 感情の混じった声を聞いたのは。


 迅《じん》は答えない。

 ゆっくりと矢へ視線を落とした。


 守りし者の矢。

 見覚えがある。


 そして。

 理解した。


「……そうか」

 小さく呟く。


 次の瞬間だった。

 傷口から。

 黒い糸が零れ落ちた。


 一本。

 また一本。


 細く。


 長く。


 止まることなく。

 黒い糸が溢れ出していく。


 弦《げん》の顔色が変わった。

「……っ」


 綾乃《あやの》が息を呑む。

 豪山《ごうざん》の拳が震える。

 蒼真《そうま》は言葉を失った。


 そして。

 篝《かがり》だけが静かに目を閉じる。


「そういうことか……」

 誰にも聞こえないほど小さな声だった。


「……迅?」

 嵐《らん》が呟く。


 返事はない。


 一歩。

 前へ出る。


「おい」

 また一歩。


「なぁ」

 胸に刺さった矢。

 傷口から流れる黒い糸。

 見えている。


 理解したくなかった。


「……嘘だよな?」

 声が震える。


「迅」

 返事はない。


「ふざけてるんだよな?」

 笑えない冗談だ。

 そう言ってくれ。

 今なら殴ってやる。


 だから。

 立て。


「おい」

 嵐《らん》の拳が震えていた。


「何とか言えよ」

 その声だけが空洞へ響く。


⸻


 迅《じん》は静かに顔を上げた。

 嵐《らん》を見る。

 親友を見る。

 昔から変わらない顔だった。


 真っ直ぐで。

 不器用で。

 どうしようもなく優しい。


 迅《じん》は少しだけ笑った。

 本当に少しだけ。


「……嵐」

 懐かしい声だった。


 嵐《らん》の肩が震える。

 その声が聞きたかった。

 聞きたくなかった。


 迅《じん》はゆっくりと視線を移す。

 今度は。

 蒼真《そうま》を見る。


 蒼真《そうま》は動けない。

 刀を握ったまま。

 立ち尽くしていた。


 迷い。

 戸惑い。

 覚悟できない顔。

 迅《じん》はそれを見た。

 

 そして静かに口を開く。


「神代の者よ――」




第九十二話 終

第九十二話を読んでいただきありがとうございました。


静かな時間は長く続きません。


それでも、

立ち止まることで見えるものがあります。


ここから物語はさらに終盤へ向かって進んでいきます。


最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


次回もよろしくお願いいたします。

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