第九十二話「静寂」
いつも読んでいただきありがとうございます。
激しい戦いの最中。
けれど、
本当に大きく何かが動く時ほど、
不思議な静けさが訪れることがあります。
今回はそんなお話です。
よろしくお願いいたします。
ドスッ。
鈍い音だった。
誰も動かない。
誰も声を出さない。
空洞を流れる黒い糸だけが揺れていた。
嵐が目を見開く。
蒼真も。
弦も。
綾乃も。
豪山も。
全員の視線が一点へ集まる。
そこに立っていたのは――
迅だった。
無月の前。
守るように。
庇うように。
胸へ一本の矢が突き刺さっている。
時間が止まった。
「……迅」
無月の声だった。
小さな声。
初めてだった。
感情の混じった声を聞いたのは。
迅は答えない。
ゆっくりと矢へ視線を落とした。
守りし者の矢。
見覚えがある。
そして。
理解した。
「……そうか」
小さく呟く。
次の瞬間だった。
傷口から。
黒い糸が零れ落ちた。
一本。
また一本。
細く。
長く。
止まることなく。
黒い糸が溢れ出していく。
弦の顔色が変わった。
「……っ」
綾乃が息を呑む。
豪山の拳が震える。
蒼真は言葉を失った。
そして。
篝だけが静かに目を閉じる。
「そういうことか……」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
「……迅?」
嵐が呟く。
返事はない。
一歩。
前へ出る。
「おい」
また一歩。
「なぁ」
胸に刺さった矢。
傷口から流れる黒い糸。
見えている。
理解したくなかった。
「……嘘だよな?」
声が震える。
「迅」
返事はない。
「ふざけてるんだよな?」
笑えない冗談だ。
そう言ってくれ。
今なら殴ってやる。
だから。
立て。
「おい」
嵐の拳が震えていた。
「何とか言えよ」
その声だけが空洞へ響く。
⸻
迅は静かに顔を上げた。
嵐を見る。
親友を見る。
昔から変わらない顔だった。
真っ直ぐで。
不器用で。
どうしようもなく優しい。
迅は少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
「……嵐」
懐かしい声だった。
嵐の肩が震える。
その声が聞きたかった。
聞きたくなかった。
迅はゆっくりと視線を移す。
今度は。
蒼真を見る。
蒼真は動けない。
刀を握ったまま。
立ち尽くしていた。
迷い。
戸惑い。
覚悟できない顔。
迅はそれを見た。
そして静かに口を開く。
「神代の者よ――」
第九十二話 終
第九十二話を読んでいただきありがとうございました。
静かな時間は長く続きません。
それでも、
立ち止まることで見えるものがあります。
ここから物語はさらに終盤へ向かって進んでいきます。
最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いいたします。




