第九話 「残った拳」
第9話は、
流れが大きく動き始める回です。
これまでの違和感が、
一気に表に出てきます。
空は、曇っていた。
光はある。
だが、どこか鈍い。
山道を進む。
足音は、二つ。
だが、会話はない。
言葉にすれば、
崩れそうな何かがあった。
「……なぁ」
嵐が口を開く。
「お前さ」
少しだけ、言葉を探す。
「“残る”って言ってたよな」
蒼真は、答えない。
「どういうことだ」
嵐が続ける。
「……そのままだ」
短い返答。
「斬ったとき」
蒼真が言う。
「流れ込んでくる」
「……は?」
「記憶と、感情だ」
嵐の足が、止まる。
「……なんだそれ」
「全部じゃない」
蒼真は歩き続ける。
「だが、残る」
消えずに、
内側に居座る。
沈黙。
「……最悪じゃねぇか」
小さく、吐き捨てる。
「慣れるものでもない」
「じゃあなんで続けてんだよ」
少しだけ、間。
「……それしかない」
嵐が、歯を食いしばる。
「ふざけんなよ」
低い声。
「それでいいわけねぇだろ」
蒼真は、何も言わない。
「……俺はな」
嵐が、ぽつりと呟く。
「殴ったんだよ」
足を止める。
「目の前で」
拳が、わずかに震える。
「親父を」
沈黙。
「……絡人になってた」
その言葉は、
重く落ちる。
「斬るとか、知らねぇ」
「そんなやり方も、知らなかった」
「だから」
拳を握る。
「止めるしかねぇって思った」
記憶が、滲む。
殴る音。
叫び声。
――名前を呼ばれた気がした。
動かなくなるまで。
「……でもよ」
「戻らなかった」
風が、止まる。
「ただ……壊れただけだ」
静かな声。
「それでも」
嵐は顔を上げる。
「見てるだけよりマシだろ」
蒼真は、目を閉じる。
「……ああ」
短く答える。
「どっちも、正しくはない」
「でも」
「何もしないよりはいい」
嵐が、小さく笑う。
「やっとマシなこと言ったな」
また、歩き出す。
足音は、二つ。
だが今度は
少しだけ近い。
――並ぶことに、
もう違和感はなかった。
空は、まだ曇っている。
だが、
どこか軽くなっていた。
第九話 終
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ここから、
物語は加速していきます。
次話で、
ひとつの“形”が見えます。




