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紡ぎの剣 〜見えない糸を断つ者〜  作者: つるぎまる
第四章『境界へ至る』

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第八十九話「止める理由」

いつも読んでいただきありがとうございます。


近付けば近付くほど、

見えてくるものがあります。


それは真実か。

それとも希望か。


それぞれの想いを抱えながら、

蒼真達はさらに奥へ進みます。


よろしくお願いいたします。


 蒼真そうまは反射的に一歩踏み出した。


「紬!」


 黒い流れの中心。

 無数の糸に絡め取られた妹。


 やっと。

 やっと辿り着いた。

 今すぐ駆け寄りたい。


 その瞬間――

 黒い流れが脈打った。


 空洞が震える。

 無数の糸がざわりと蠢いた。


 そして、二つの人影が現れる。


 らんの目が鋭く細まった。


「……迅」


 黒い流れの向こう側。

 じんは微動だにせず立っていた。

 その隣には無月むつき


 表情はない。

 感情もない。


 こちらを見据えている。


 じんが口を開いた。

「ここへ来るなと言ったはずだ」


 らんの眉が跳ね上がる。


「ふざけるな!」

 怒声が空洞を揺らした。


「こんな事!」

奏多かなは望んでない!」


 その言葉に。

 じんの表情が揺れた。


 ほんの一瞬。

 刹那だけ。

 苦痛。

 悲哀。


 それが滲む。


 その表情は、次の瞬間には消えていた。


「……お前に何が分かる」


 押し殺した声。


 らんはさらに一歩踏み出す。


「分かんねぇよ!」

「だから聞いてんだろ!」

「何でだ!」

「何でお前がこんな所にいる!」


 じんは答えない。

 答えられない。


 答えてしまえば。

 揺らいでしまう気がした。


 嵐の真っ直ぐな視線は昔から変わらない。

 だからこそ見たくなかった。


 親友の顔を見れば、自分が選ばなかった道を思い出してしまう。


 黒い流れだけが不気味に揺れている。


 重苦しい空気が空洞を満たした。


 その時。


「迅」

 無月むつきが呼ぶ。


 ただ一言。

 それだけ。


 じんが視線を向ける。


 次の瞬間。

 無月むつきの姿が掻き消えた。



「!」


 蒼真そうまが目を見開く。

 つむぎへ向いていた意識を引き戻す。


 遅い。


 さっきまで迅の隣にいたはずの無月が。

 いつの間にか蒼真の懐へ踏み込んでいた。


 目の前。

 腕を伸ばせば触れられる距離。


 無表情の顔。

 無月むつき

 黒い刃はすでに横薙ぎに走っていた。


「蒼真!!」

 げんの叫びが響く。

 反射だった。


 蒼真そうまは咄嗟に上体を捻る。

 黒い刃が頬先を掠める。

 一筋の血が宙へ散った。


 そのまま刃は蒼真の背後を薙ぎ抜く。


 轟音。

 直後。

 背後にそびえていた巨大な黒水晶が斜めに断ち切られた。


 一拍遅れて上半分が滑り落ちる。

 砕けた結晶が爆ぜるように飛散した。

 衝撃波が空洞を駆け抜ける。


 綾乃あやのが息を呑む。

 豪山ごうざんが黒嵐を構える。

 かがりが目を細めた。

 全員が悟る。

 始まった。

 戦闘だ。


 無月むつきは蒼真を通り過ぎた先で静かに着地する。

 床を滑るように数歩流れ。

 くるりと振り返る。

 表情は変わらない。

 呼吸も乱れない。


 次の一撃だけを見据えていた。


「気を抜くな」

 げんが低く言う。


「分かってる」

 蒼真そうまは刀を構えた。


 その瞬間。

 無月むつきの姿が消える。


「左!」

 げんの声。


 蒼真そうまが反射的に刀を振るう。

 金属音。は

 火花。


 無月むつきの刃が弾かれた。


 そこにはいない。


「後ろだ!」

 豪山ごうざんが叫ぶ。

 黒嵐が唸る。

 轟音。

 床ごと叩き潰す一撃。


 しかし、

 無月むつきの姿は既に別の場所にあった。


「速ぇな……」

 らんが呟く。


「違う」

 げんが短く答えた。


「気付けないだけだ」


 無月むつきは天井近くの黒水晶へ立っていた。

 まるで重力など存在しないかのように。

 静かに。

 こちらを見下ろしている。


 綾乃あやのが札を放つ。

 白い光が広がる。


 結界。


 無月むつきは僅かに目を細めただけだった。


 その視線は。

 げんへ向いている。

 先ほど自分の位置を見抜いた男へ。



 その頃。

 じんは静かに刀を抜いた。


 らんも拳を握る。

 互いの距離は数歩。


 近い。

 近すぎる。

 昔なら。

 笑いながら組み手を始める距離だった。


「……まだその癖、直ってねぇんだな」

 じんが呟く。


 らんが眉を寄せる。

「何の話だ」


「右足だ」

 じんの視線が落ちる。


「踏み込む前に重心が乗る」


 らんが鼻を鳴らした。

「そっちは左肩が下がる」

「刀が来る前に分かるんだよ」


 ほんの一瞬。

 昔と同じ空気が流れる。


 その空気は、次の瞬間には消えた。


 じんが刀を構える。

 らんが拳を握る。

 黒い流れが揺れた。


 戦いが始まる。



第八十九話 終

第八十九話を読んでいただきありがとうございました。


少しずつ物語の中心が見え始めました。


ここから先は、

これまで旅をしてきた仲間達の想いも大きく関わってきます。


終盤へ向けて、

物語も加速していきます。


次回もよろしくお願いいたします。

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