第八十九話「止める理由」
いつも読んでいただきありがとうございます。
近付けば近付くほど、
見えてくるものがあります。
それは真実か。
それとも希望か。
それぞれの想いを抱えながら、
蒼真達はさらに奥へ進みます。
よろしくお願いいたします。
蒼真は反射的に一歩踏み出した。
「紬!」
黒い流れの中心。
無数の糸に絡め取られた妹。
やっと。
やっと辿り着いた。
今すぐ駆け寄りたい。
その瞬間――
黒い流れが脈打った。
空洞が震える。
無数の糸がざわりと蠢いた。
そして、二つの人影が現れる。
嵐の目が鋭く細まった。
「……迅」
黒い流れの向こう側。
迅は微動だにせず立っていた。
その隣には無月。
表情はない。
感情もない。
こちらを見据えている。
迅が口を開いた。
「ここへ来るなと言ったはずだ」
嵐の眉が跳ね上がる。
「ふざけるな!」
怒声が空洞を揺らした。
「こんな事!」
「奏多は望んでない!」
その言葉に。
迅の表情が揺れた。
ほんの一瞬。
刹那だけ。
苦痛。
悲哀。
それが滲む。
その表情は、次の瞬間には消えていた。
「……お前に何が分かる」
押し殺した声。
嵐はさらに一歩踏み出す。
「分かんねぇよ!」
「だから聞いてんだろ!」
「何でだ!」
「何でお前がこんな所にいる!」
迅は答えない。
答えられない。
答えてしまえば。
揺らいでしまう気がした。
嵐の真っ直ぐな視線は昔から変わらない。
だからこそ見たくなかった。
親友の顔を見れば、自分が選ばなかった道を思い出してしまう。
黒い流れだけが不気味に揺れている。
重苦しい空気が空洞を満たした。
その時。
「迅」
無月が呼ぶ。
ただ一言。
それだけ。
迅が視線を向ける。
次の瞬間。
無月の姿が掻き消えた。
⸻
「!」
蒼真が目を見開く。
紬へ向いていた意識を引き戻す。
遅い。
さっきまで迅の隣にいたはずの無月が。
いつの間にか蒼真の懐へ踏み込んでいた。
目の前。
腕を伸ばせば触れられる距離。
無表情の顔。
無月。
黒い刃はすでに横薙ぎに走っていた。
「蒼真!!」
弦の叫びが響く。
反射だった。
蒼真は咄嗟に上体を捻る。
黒い刃が頬先を掠める。
一筋の血が宙へ散った。
そのまま刃は蒼真の背後を薙ぎ抜く。
轟音。
直後。
背後にそびえていた巨大な黒水晶が斜めに断ち切られた。
一拍遅れて上半分が滑り落ちる。
砕けた結晶が爆ぜるように飛散した。
衝撃波が空洞を駆け抜ける。
綾乃が息を呑む。
豪山が黒嵐を構える。
篝が目を細めた。
全員が悟る。
始まった。
戦闘だ。
無月は蒼真を通り過ぎた先で静かに着地する。
床を滑るように数歩流れ。
くるりと振り返る。
表情は変わらない。
呼吸も乱れない。
次の一撃だけを見据えていた。
「気を抜くな」
弦が低く言う。
「分かってる」
蒼真は刀を構えた。
その瞬間。
無月の姿が消える。
「左!」
弦の声。
蒼真が反射的に刀を振るう。
金属音。は
火花。
無月の刃が弾かれた。
そこにはいない。
「後ろだ!」
豪山が叫ぶ。
黒嵐が唸る。
轟音。
床ごと叩き潰す一撃。
しかし、
無月の姿は既に別の場所にあった。
「速ぇな……」
嵐が呟く。
「違う」
弦が短く答えた。
「気付けないだけだ」
無月は天井近くの黒水晶へ立っていた。
まるで重力など存在しないかのように。
静かに。
こちらを見下ろしている。
綾乃が札を放つ。
白い光が広がる。
結界。
無月は僅かに目を細めただけだった。
その視線は。
弦へ向いている。
先ほど自分の位置を見抜いた男へ。
⸻
その頃。
迅は静かに刀を抜いた。
嵐も拳を握る。
互いの距離は数歩。
近い。
近すぎる。
昔なら。
笑いながら組み手を始める距離だった。
「……まだその癖、直ってねぇんだな」
迅が呟く。
嵐が眉を寄せる。
「何の話だ」
「右足だ」
迅の視線が落ちる。
「踏み込む前に重心が乗る」
嵐が鼻を鳴らした。
「そっちは左肩が下がる」
「刀が来る前に分かるんだよ」
ほんの一瞬。
昔と同じ空気が流れる。
その空気は、次の瞬間には消えた。
迅が刀を構える。
嵐が拳を握る。
黒い流れが揺れた。
戦いが始まる。
⸻
第八十九話 終
第八十九話を読んでいただきありがとうございました。
少しずつ物語の中心が見え始めました。
ここから先は、
これまで旅をしてきた仲間達の想いも大きく関わってきます。
終盤へ向けて、
物語も加速していきます。
次回もよろしくお願いいたします。




