第八十七話「揺らぎ」
いつも読んでいただきありがとうございます。
祠の奥で、それぞれが動き始めます。
守りたいもの。
止めたいもの。
そして、取り戻したいもの。
今回は迅視点のお話です。
よろしくお願いいたします。
迅は静かに歩いていた。
黒い流れが揺れる。
巨大な黒水晶の中心。
そこに久遠はいた。
「来たか」
迅は立ち止まる。
「ああ」
短い返事。
久遠は振り返らない。
流れを見つめたまま口を開く。
「神代達は祠へ入った」
黒い糸が揺れる。
「流れの崩壊も始まっている」
迅は黙って聞いていた。
「村から集めた流れも限界だ」
「このままでは保たない」
黒水晶の奥。
巨大な流れが脈打っている。
まるで生き物のように。
呼吸をするように。
「紬も限界が近い」
迅の視線が動く。
少し離れた場所。
紬は静かに座っていた。
瞳は閉じられている。
その顔色は明らかに悪かった。
黒い糸が身体の周囲を漂っている。
「流れは既に溢れ始めている」
久遠が静かに言う。
「神代が断たなければ」
「結晶は暴走する」
迅は黙っていた。
久遠はゆっくり振り返る。
「迅」
静かな声だった。
「奴らを止めろ」
僅かな間。
迅は答えない。
久遠は目を細めた。
「迷っているのか」
「別に」
即答だった。
久遠は小さく笑う。
「そうか」
その声に追及はない。
ただ、全てを見透かしているようだった。
迅は視線を逸らす。
「ああ」
短く答えた。
それだけだった。
踵を返す。
その時だった。
「行くのか」
声がした。
迅が振り返る。
通路の先。
壁へ背を預ける人影。
無月だった。
「ああ」
短い返事。
無月は腕を組む。
「奴らのところへか」
「ああ」
黒い流れだけが揺れている。
やがて無月が口を開いた。
「俺も行く」
迅は僅かに目を細める。
「久遠の護衛はどうする」
「必要ない」
即答だった。
迅は少しだけ考える。
「そうか」
それだけだった。
無月は肩を竦める。
「お前一人では面倒だ」
迅は小さく笑った。
声にはならない。
ほんの僅かな変化。
だが確かに笑っていた。
⸻
二人は並んで歩き出す。
黒い流れが揺れる。
その途中だった。
迅の視線が動く。
紬がこちらを見ていた。
何かを言いたげに。
どこか心配そうに。
静かに。
迅を見ている。
一瞬。
迅は目を見開いた。
紬の隣。
誰かが立っていた。
見慣れた顔。
忘れられるはずもない。
奏多だった。
藤色の髪が揺れる。
困ったような顔。
心配そうな瞳。
何も言わない。
ただ。
こちらを見ていた。
風が吹く。
次の瞬間。
その姿は消えていた。
残っているのは紬だけ。
「どうした」
無月の声。
迅は首を振る。
「何でもない」
首元へ手が伸びる。
色褪せた藤色の布切れ。
指先が僅かに震えた。
そして二人は歩き出す。
向かう先は決まっている。
祠の奥。
神代達のいる場所へ。
第八十七話 終
第八十七話を読んでいただきありがとうございました。
久遠と迅。
敵側にいる二人ですが、それぞれ抱えているものは決して軽くありません。
迅が何を思い、何を選ぶのか。
物語はいよいよ終盤へ向かいます。
次回もよろしくお願いいたします。




