第八十六話「また奏多か」
いつも読んでいただきありがとうございます。
祠の前で動き出す運命。
そして久しぶりに登場する人物達。
過去と現在が少しずつ交わり始めます。
本日もよろしくお願いいたします。
黒い霧は濃かった。
祠を覆う黒水晶の周囲。
蒼真達は慎重に進んでいた。
絡人。
数は増えている。
祠へ近付くほどに。
まるで流れへ引き寄せられるように。
「来るぞ」
弦の声。
同時に。
霧の中から人影が飛び出した。
絡人。
もう躊躇う理由はない。
嵐が前へ出る。
拳が唸る。
一撃。
絡人が吹き飛ぶ。
豪山も黒嵐を振るった。
大地が揺れる。
絡人達がまとめて崩れ落ちた。
蒼真は刀を振るう。
結晶が砕ける。
流れが散る。
数は減らない。
次々に現れる。
弦が低く呟く。
「近いな」
蒼真は頷いた。
祠は、もうすぐそこだった。
⸻
黒い流れが揺れる。
その中心。
久遠は静かに目を閉じていた。
「祠に入ったか」
隣では紬が黙ったまま座っている。
反応はない。
久遠は構わなかった。
ゆっくりと笑う。
「さて」
「神代は断てるのかな」
黒い流れが揺れる。
その笑みは消えない。
⸻
足音が響く。
迅が戻ってきた。
薄暗い通路。
無月は壁へ背を預けている。
視線だけが向いた。
「奴らのところか」
「ああ」
短い返事。
それだけだった。
しばらくして。
迅が口を開く。
「飯は食ったか」
無月が眉を寄せた。
「関係ないだろ」
「ある」
即答だった。
無月はゆっくり視線を向ける。
迅は真面目な顔をしている。
本気だった。
「戦い前には体力をつけておかないと駄目だ」
「何故だ」
「動けなくなる」
無月は小さく息を吐く。
「お前の理屈か」
迅は少し考えた。
そして。
ほんの僅かに笑う。
「奏多もそう言っていた」
無月は天井を見た。
「また奏多か」
「またとは何だ!」
「今日だけで三回聞いた」
「そうだったか?」
「そうだ」
迅は首を傾げる。
本当に分かっていないらしい。
無月は呆れたように目を閉じた。
⸻
少しの沈黙。
やがて無月が口を開く。
「戻らない」
迅が視線を向ける。
「何がだ」
「奏多だ」
静かな声。
沈黙が落ちる。
迅は何も言わない。
否定もしない。
肯定もしない。
首元の藤色の布切れへ触れた。
「……そうかもな」
小さな声だった。
無月は何も言わない。
その時。
遠くから声が響く。
「迅」
久遠だった。
迅は顔を上げる。
そして立ち上がった。
藤色の布切れが揺れる。
無月はそれを見ていた。
「行くぞ」
「ああ」
迅は振り返らない。
そのまま歩き出す。
無月は黙って見送った。
何故か。
少しだけ。
胸の奥がざわついた。
⸻
第八十六話 終
第八十六話をお読みいただきありがとうございました。
迅と無月。
張り詰めた状況の中でも、どこか変わらない二人でした。
ただ、その裏側では確実に終わりへ向かう流れが動いています。
祠の奥で何が起きているのか。
蒼真達は間に合うのか。
引き続き見守っていただけると嬉しいです。




