第八十四話「藤色」
いつもお読みいただきありがとうございます。
親友との再会。
ですが、その距離はあまりにも遠くなっていました。
第八十四話「藤色」
お楽しみいただければ幸いです。
「何故だ!」
嵐の声が響く。
「お前はいったい何をしようとしてる!」
迅は答えない。
その手が首元へ伸びた。
色褪せた藤色の布切れ。
指先がそれを握る。
強く…
壊れそうなほど強く。
迅は僅かに顔を伏せた。
まるで、遠い記憶を探るように。
失われた何かを確かめるように。
「俺は……」
小さな声。
嵐の表情が変わる。
感情のないはずの声。
その時だけは違った。
「ただ……」
握る力が強くなる。
「奏多を……」
言葉が途切れる。
その瞬間だった。
空気が震えた。
黒い霧が揺れる。
弦が顔を上げる。
「……来る」
低い声。
迅も同時に顔を上げた。
視線は祠の方向へ向く。
その表情が僅かに変わる。
嵐は見逃さなかった。
「迅?」
迅は答えない。
布切れを握り締める。
そして静かに言った。
「俺は警告した」
一歩下がる。
黒い霧が足元で揺れた。
「嵐」
その名を呼ぶ。
感情のない声。
どこか焦りだけが滲んでいた。
「今すぐ引き返せ」
嵐が一歩前へ出る。
「待て!」
迅は首を振る。
一瞬だけ。
視線が嵐に向いた。
「もう遅い」
次の瞬間。
黒い霧が渦を巻く。
迅《じん、》の姿が揺らぐ。
「迅!」
振り返らない。
最後まで布切れだけは握ったまま。
その姿は霧へ溶けるように消えた。
黒い霧だけが揺れている。
嵐が拳を握った。
「……馬鹿野郎」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
蒼真が前を見る。
「どうする」
答えは決まっていた。
嵐が顔を上げる。
「追うぞ」
迷いはない。
弦が祠の方向を見る。
「近い」
篝が静かに目を細めた。
「もう始まっている」
豪山が黒嵐を握る。
「なら急ぐぞ」
誰も異論はなかった。
蒼真達は再び歩き出す。
黒い霧の奥へ。
祠へ。
⸻
第八十四話 終
第八十四話「藤色」をお読みいただきありがとうございました。
迅が握り締めていた藤色の布切れ。
言葉にはならない想い。
消えない記憶。
そして、それぞれが抱える過去。
祠はもう目の前です。
次回、第八十五話「黒水晶の祠」。
いよいよ祠編が大きく動き始めます。
よろしくお願いいたします。




