第八十三話「帰れ」
いつもお読みいただきありがとうございます。
真達。村で目にした惨状を越え、さらに山の奥へ進みます。
黒い霧の先で待つものとは――。
第八十三話「帰れ」
よろしくお願いします。
辺りは、黒い霧に覆われていた。
視界は悪い。
木々の輪郭すら曖昧になっている。
風はない。
音もない。
鳥の声も。
虫の音も。
獣の気配も。
何もなかった。
死んでいる。
そう錯覚するほどに。
山は静まり返っていた。
弦が低く呟く。
「近い」
その声は硬かった。
蒼真達は足を止めない。
進む。
ただ進む。
やがて。
霧の向こうに何かが見えた。
地面だった。
いや、違う。
無数の結晶。
白く。
黒く。
大小様々な結晶が山のように積み重なっている。
嵐が息を呑んだ。
「……何だよ、これ」
綾乃の顔色が変わる。
人の形。
獣の形。
崩れたまま残っている。
結晶だった。
流れの残骸。
命の残骸。
篝が静かに目を伏せる。
「集められているな」
誰も言葉を返せなかった。
その時だった。
弦が足を止める。
空気が変わる。
何かいる。
全員が構えた。
霧の向こう。
人影が立っていた。
一人、ただ静かに。
動かずに、こちらを見ている。
嵐の表情が変わった。
「……迅」
人影がゆっくり顔を上げる。
感情のない瞳。
変わらない顔。
どこか遠い。
別人のようだった。
黒い霧が揺れる。
その時、首元から小さな布切れが覗いた。
色褪せた藤色。
嵐は知っていた。
奏多のものだ。
一瞬だけ、胸の奥がざわつく。
迅は何も言わない。
静かに立っている。
「迅……」
嵐が呼ぶ。
返事はない。
迅の口が開いた。
「帰れ」
感情のない声。
冷たい声。
嵐
には分かった。
あれは警告だ。
「何だと」
嵐が眉を寄せる。
迅は動かない。
視線だけが嵐へ向く。
「この先へ行くな」
短い言葉。
その声だけが妙に重かった。
黒い霧が揺れる。
そして、迅はもう一度だけ口を開いた。
「お前だけでも」
嵐の目が見開かれる。
風が吹く。
色褪せた藤色の布切れが揺れた。
⸻
第八十三話 終
第八十三話をお読みいただきありがとうございました。
今回は祠へ近づくにつれ広がる異変と、嵐にとって忘れられない人物との再会を書いてみました。
結晶の山。黒い霧。そして迅の警告。
彼が何を知り、何を守ろうとしているのか。
次回はさらに祠の核心へ近づいていきます。
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今後とも『紡ぎの剣』をよろしくお願いいたします。




