第六十一話「導く音」
いつも読んでくださりありがとうございます。
今回から、新たな流れが動き始めます。
“断つ”でもなく、
“祓う”でもない。
静かに流れを導く者。
夜の音と共に現れる、新たな出会いを楽しんで頂けたら嬉しいです。
夜は、静かだった。
火の音だけが、小さく揺れている。
綾乃は、少し離れた場所で酒を飲んでいた。
嵐は、木にもたれて座っている。
弦だけが、風の流れを見ていた。
蒼真は、崩れた町を振り返る。
静かだ。
しかし、どこか“残っている”。
笑い声。
泣き声。
怒声。
人が生きていた気配だけが、薄く漂っていた。
その時、……音。
小さい。
確かに聞こえた。
静かな音色。
細く
長く
夜を流れていく。
嵐が顔を上げる。
「……なんだ?」
綾乃の手が止まる。
弦だけが、わずかに目を細めた。
「……尺八」
風が揺れる。
音は、不思議だった。
怖くない。
胸の奥へ静かに沈んでくる。
蒼真が立ち上がる。
「近いな」
弦が、ゆっくり周囲を見る。
「……流れが変わった」
「何?」
嵐が眉を寄せる。
「さっきまで残ってた感情が、静かになってる」
綾乃が、小さく息を吐いた。
「……弔いの音色…?」
音は続く。
静かに。
まるで、泣いているものを眠らせるように。
「行くぞ」
蒼真が立ち上がる。
崩れた町の奥。
そこに、一つだけ灯がある。
小さな篝火。
その前に、一人の男が座っている。
編笠。
黒い旅装束。
膝には、尺八。
周囲には、小さな結晶が並べられていた。
淡く光っている。
男は、静かに尺八を吹いていた。
風が流れる。
黒く濁っていた感情の残滓が、
音と共に、ゆっくりほどけていく。
蒼真は、その光景を見ていた。
初めてだった。
断つでもない。
祓うでもない。
ただ、静かに流している。
やがて。
音が止まる。
静寂。
男が、ゆっくり目を開く。
その目は、妙に静かだった。
「……眠れぬ者が、多い」
嵐が警戒する。
「誰だ、おっさん」
男は答えない。
ただ、結晶へ小さく灯を置く。
「残った想いは、流さねばならない」
弦が、その男を見ていた。
見える。
この男の周囲だけ、流れが乱れていない。
澄んでいる。
「……導いてるのか」
小さな呟き。
男が、そこで初めて弦を見る。
一瞬。
風が止まったような感覚。
「……深山か」
弦の目が、わずかに揺れる。
「……知っているのか」
「風は覚えている」
意味の分からない言葉。
だが、弦は何も返せなかった。
男は立ち上がる。
背は高い。
年齢は分からない。
長く旅をしてきた空気だけは分かった。
綾乃が、静かに口を開く。
「……あんた、何者だ」
火が揺れる。
男は、静かに空を見上げた。
「幼い流れが、泣いている」
一瞬、弦の顔色が変わる。
「……っ」
風。
糸。
遠く。
確かに、嫌な揺れがある。
綾乃が眉を寄せる。
「……子供?」
男は、静かに頷く。
「山を越えた先だ」
蒼真が、刀へ手をかける。
空気が変わる。
嵐が立ち上がった。
「……行くぞ」
風が吹く。
男は、再び尺八を手に取る。
静かな音色が、再び夜へ流れていった。
第六十一話 終
第六十一話「導く音」でした。
篝、登場回です。
ここから物語は、
“戦い”だけではなく、
“流れ”そのものへ踏み込んでいきます。
そして豪山編の始まりでもあります。
静かな夜と、尺八の音。
少しでも空気を感じて頂けたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。




