第六十話「残った町」
第六十話は、
“残った町”の話です。
失われても、
そこに誰かが生きていた事実は消えません。
風が吹いていた。
乾いた風だった。
道の先。
崩れた石壁が見える。
蒼真達は、静かに歩いていた。
綾乃だけが、少し口数が少ない。
嵐が、周囲を見回した。
「……なんもねぇな」
家は崩れ。
井戸は半分埋まり。
草だけが伸びている。
人の気配はない。
“ここに人がいた”。
その痕跡だけは、静かに残っていた。
綾乃が、足を止める。
視線の先。
焼け焦げた木。
その場所を、しばらく見ていた。
「……綾乃?」
蒼真が、小さく呼ぶ。
綾乃は、少しだけ目を細めた。
「昔、町だった」
静かな声。
*********
その瞬間。
風景が、少しだけ変わる。
木の上。
幼い綾乃が、枝へぶら下がっていた。
「あやのー!!またそんな所登って!」
下から、青年が叫んでいる。
「平気だもん!」
綾乃は、笑いながら返す。
「ばか!!怪我するぞ!!早く降りてこい!」
しぶしぶ降りる綾乃。
だが、最後そのまま飛び降りた。
「うわっ!?」
青年が慌てて受け止める。
「あぶないなーお前は!!」
綾乃が、ケラケラ笑う。
「だって平気だし!」
青年は、困ったように笑った。
「まったく……女の子が怪我したらダメだろ」
綾乃が、少しだけしゅんとする。
「……でもまぁ」
青年が、優しく頭を撫でた。
「お前が怪我した時は、俺がすぐ治してやるからな」
綾乃が、笑った。
「ほんとか?」
「ああ」
二人で笑う。
陽の光。
風。
町の音。
全部。
もう、残っていない。
**********
現在。
綾乃は、静かに酒を飲んだ。
嵐が、周囲を見る。
「……絡人か?」
綾乃は、小さく首を振る。
「違う」
「これは、人がやった」
「人同士の戦さ…」
風が吹く。
蒼真達は、何も言わない。
綾乃が、崩れた町を見たまま呟く。
「昔は、人同士で殺し合ってた」
「今も昔と変わらん」
その声に、怒りはなかった。
ただ。
疲れだけが残っている。
「……あいつも、そこで死んだよ」
静かだった。
綾乃は、少しだけ笑う。
「結局、一回も治してもらえなかったな」
風が吹く。
酒の匂い。
乾いた土。
静かな空。
蒼真は、何も聞かなかった。
綾乃も、それ以上語らない。
その町には、確かに誰かが生きていた。
笑っていた。
守ろうとしていた。
その痕跡だけが、
静かに残っていた。
第六十話 終
人が残した傷跡にも、
確かに記憶は宿っています。




