第五十九話「薬と茶と雨音」
第五十九話は、
“薬と茶と雨音”の話です。
旅の途中にも、
少しだけ息をつける時間があります。
雨だった。
旅の途中。
蒼真達は、小さな宿へ入っていた。
古い建物。
軋む床。
窓の外では、静かに雨が降っている。
嵐が、深く息を吐いた。
「やっと休める……」
その瞬間。
「座れ」
綾乃だった。
机には、薬草。
包帯。
湯気の立つ薬茶。
嵐が、嫌そうな顔をする。
「……別に平気だぞ」
綾乃が、即答する。
「平気なやつは、血ぃ流さん」
嵐が、黙る。
腕には、うっすら傷が残っていた。
「かすり傷だろこんなの」
「化膿する」
「しねぇよ」
「する」
断言だった。
綾乃が、無理やり嵐を座らせる。
「痛っ!!」
「騒ぐな」
蒼真が、少しだけ視線を向ける。
騒がしい。
だが。
嫌ではない。
その時。
綾乃が、蒼真を見る。
「……お前もだいぶ疲れてるな」
蒼真が、少し止まる。
綾乃は、自然な動作で薬茶を差し出した。
「飲んどけ」
蒼真は、一瞬だけ驚いた顔をする。
自分へ向けられるとは、思っていなかった。
「……いただきます」
静かに受け取る。
綾乃が、少し笑った。
「お前は素直なやつだな〜」
蒼真は、少し困ったように笑う。
薬茶は、少し苦かった。
だが、不思議と落ち着く味だった。
その横。
弦だけは、普通に茶を飲んでいる。
綾乃が、視線を向けた。
「お前は飲まんのか」
弦は、静かに湯呑みを置く。
「自分は遠慮しておきます」
「なんでだ」
「二人と違って、自己管理できてますから」
嵐が、顔をしかめる。
「なんか腹立つなこいつ」
綾乃も、小さく鼻で笑った。
「かわいくないやつだな」
弦は、特に気にしていない。
外では、雨が降っている。
静かな音。
柔らかい灯り。
嵐が、薬を飲んで顔をしかめた。
「……苦ぇ」
綾乃が、即座に返す。
「薬だからな」
「その理論やめろ」
蒼真が、少し笑った。
本当に、少しだけ。
その空気を、綾乃は見逃さなかった。
何も言わない。
ただ。
少しだけ目を細める。
雨音は、まだ静かに続いていた。
第五十九話 終
誰かと過ごす静かな時間は、
人を少しだけ軽くしてくれます。




