第六話「限界」
ここから物語は、
“見えているもの”と“実際に起きていること”のズレに入ります。
少しだけ、
違和感の質が変わります。
夜は、やけに長かった。
焚き火の火が、小さく揺れている。
音は、それだけだ。
――それ以外、何も存在していないかのように。
蒼真は、動かない。
ただ座り、
炎を見つめている。
目は開いている。
だが——
何も、見ていない。
頭の奥に、
声が残っている。
「守れなかった」
あの言葉。
昨日、斬った。
その瞬間に流れ込んできた、
他人の記憶。
笑っていた。
家族と。
普通に、
当たり前に。
だが——
崩れた。
「なんで……」
その感情が、
消えない。
「……っ」
呼吸が乱れる。
胸が重い。
自分のものじゃないはずの感情が、
中に居座っている。
(……違う)
頭を振る。
(これは俺じゃない)
だが——
消えない。
焚き火の向こう。
影が、揺れる。
一瞬。
そこに“誰か”が座っているように見えた。
見覚えのない男。
いや——
昨日の。
「……お前は」
思わず、口に出る。
影は、何も答えない。
ただ、こちらを見ている。
責めるでもなく。
怒るでもなく。
ただ——
“そこにいる”。
消える気配もなく。
「……消えろ」
低く呟く。
だが、消えない。
炎が揺れるたび、
その姿も揺れる。
「……なんでだ」
拳が、わずかに震える。
「俺は、斬った」
助けたはずだ。
終わらせたはずだ。
なのに——
「なんで、残る」
返事はない。
ただ、
その“存在”だけが、
重く残る。
目を閉じる。
だが——
今度は、声が増える。
「守れなかった」
「どうして」
「助けてくれ」
別の声。
さらに、
さらに。
止まらない。
昨日の少年。
その父。
霧の中で斬った者。
重なる。
積み重なる。
「……っ!!」
蒼真は立ち上がる。
呼吸が荒い。
視界が揺れる。
(……多すぎる)
抱えきれない。
これは——
一人で背負う量じゃない。
足が、ふらつく。
膝が落ちる。
地面に、手をつく。
「……紬」
その名前が、零れる。
その瞬間。
すべての声が、
ほんの一瞬だけ止まる。
⸻
静寂。
だがすぐに——
戻ってくる。
さらに強く。
「守れなかった」
「どうして」
「助けてくれ」
「……やめろ!!」
叫ぶ。
だが、止まらない。
その中で、
ひとつだけ。
違う声が混ざる。
「……大丈夫」
紬の声。
はっきりと。
顔を上げる。
そこには、誰もいない。
だが——
確かに、聞こえた。
「……繋がってるから」
蒼真は、目を閉じる。
呼吸を整える。
ゆっくりと。
一つずつ。
声は消えない。
だが——
少しだけ、遠くなる。
「……背負うしかない、か」
静かに呟く。
それが答えではないと、
分かっていても。
今は、それしかない。
蒼真は、立ち上がる。
まだ、揺れている。
だが——
倒れない。
「……必ず、辿る」
刀に手を添える。
「お前まで」
紬へ。
その先へ。
夜が、明ける。
空が、わずかに白む。
新しい一日。
だが——
何も、軽くはなっていない。
蒼真は、歩き出す。
足音は、一つ。
だが——
その背には、
確かに何かが、積み重なっていた。
――それがどこまで増えるのか、
まだ分からないまま。
第六話 終
▼続きはこちらから(次話)
まだ断片ですが、
確実に繋がり始めています。
次話では、
そのズレがもう少し明確になります。




