第五話「残された声」
ここから、
物語が一段階進みます。
“見えているもの”が、
少しだけ変わるはずです。
山道は、静かだった。
踏みしめる土の音だけが、一定の間隔で続く。
足音は、一つ。
それがやけに、重く感じる。
――隣にあったはずの気配は、もうない。
蒼真は、止まらない。
前へ。
ただ、前へ。
やがて、視界が開ける。
小さな集落があった。
煙が上がっている。
人の気配もある。
——普通に見える。
だが。
(……薄い)
何かが足りない。
そこにいるはずの“重さ”が、
どこか欠けている。
集落に足を踏み入れる。
人がいる。
動いている。
話している。
だが——
目が合わない。
誰も、蒼真を見ていない。
まるで、
“存在していない”かのように。
「……すまない」
声をかける。
反応はない。
もう一度。
「聞きたいことがある」
男が、ゆっくりと振り向く。
その目は——
空っぽだった。
――何も“映していない”目。
同じだ。
あの町と。
霧の中で見た、あの目。
「……やめろ」
小さな声。
振り向く。
一人の少年が、立っていた。
幼い。
だが、その目には“意志”がある。
「ここにいちゃダメだ」
「……どういうことだ」
蒼真の問いに、少年は唇を噛む。
「みんな……おかしくなった」
震える声。
「夜になると、動きが変わる」
「変わる?」
「……何かに、引っ張られてるみたいに」
その言葉。
蒼真の中で、何かが繋がる。
「……糸か」
少年が顔を上げる。
「見えるのか?」
「……うっすらだけ」
蒼真は周囲を見る。
確かにある。
人から伸びる、細い“何か”。
だがまだ弱い。
完全には、繋がっていない。
「逃げろ」
蒼真は短く言う。
「夜になる前に、この場所を離れろ」
「でも……!」
少年は振り返る。
家の前。
立ったまま動かない、
父と母。
空っぽの目で、
ただそこにいる。
「置いていけない」
震える声。
蒼真は、黙る。
分かっている。
その気持ちは。
痛いほどに。
「……助けられるのか」
少年の問い。
まっすぐな目。
蒼真は答えない。
答えられない。
代わりに言う。
「夜まで待て」
「……え?」
「動くなら、そのときだ」
少年は、不安そうに頷いた。
日が沈む。
空気が変わる。
音が、消える。
そして——
人が、動き出す。
ぎこちない動き。
揃った足音。
集落の人間が、
同じ方向へ歩き出す。
まるで、
“呼ばれている”かのように。
蒼真は目を細める。
見える。
今度は、はっきりと。
無数の糸。
すべてが、
同じ方向へと伸びている。
「……来い」
蒼真は歩き出す。
糸の先へ。
森の奥。
そこにいた。
人の形をした“何か”。
無数の糸を伸ばし、
人を繋ぎ、操る存在。
怪異。
それは、人の形をしていた。
だが、その身体からは無数の糸が伸びている。
その糸は、わずかに“脈打っていた”。
――絡人。
蒼真は、構える。
「……断つ」
踏み込む。
刃が閃く。
だが——
止まる。
糸が、太い。
絡みつく。
引き戻される。
「くっ……!」
力が違う。
だが——
退かない。
再び、踏み込む。
狙うのは、一点。
すべての糸が集まる場所。
“核”。
振り抜く。
刃が届く。
その瞬間。
流れ込む。
声。
「逃げろ……!」
記憶。
家族。
笑い声。
そして——
絶望。
「守れなかった……」
その言葉だけが、
やけに重く残った。
「……っ!!」
蒼真の動きが止まる。
一瞬。
だが、それで十分だった。
糸が絡みつく。
締め付ける。
だが。
「……同じか」
低く呟く。
「お前も」
振り切る。
刃が、
最後の一線を断ち切る。
怪異が崩れる。
糸が消える。
人々が、その場に倒れる。
静寂。
夜が明ける。
少年が駆け寄る。
「母ちゃん……!」
抱きつく。
母親は、ゆっくりと目を開ける。
戻っている。
だが——
何かが、欠けている。
その目は、
もう“完全には元に戻っていなかった”。
「……ありがとう」
少年が頭を下げる。
蒼真は、何も言わない。
ただ、空を見る。
そこには何もない。
だが確かに、
残っている。
感情が。
「……繋がる、か」
小さく呟く。
完全には救えない。
だが——
断てば、戻るものもある。
それでも。
失われるものは、ある。
蒼真は、歩き出す。
足音は、やはり一つ。
だが、もう止まらない。
第五話 終
▼続きはこちらから(次話)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次から、
物語はもう一段深いところに入ります。
“何が起きているのか”が、
少しずつ繋がっていきます。




