第五十七話「守る理由」
第五十七話は、
“守る理由”の話です。
理解できない感情も、
時に人を止めます。
道は、静かだった。
綾乃の町を出て、
数日。
蒼真達は、次の土地へ向かっていた。
森の奥。
風は弱い。
弦だけが、静かに足を止めた。
「……いるな」
嵐が、眉を寄せる。
「絡人か?」
弦は、ゆっくり頷いた。
「数が多い」
その瞬間だった。
「いやぁぁぁぁ!!」
女の悲鳴。
蒼真達が、一気に駆ける。
開けた場所。
そこには、絡人に囲まれた、一組の親子がいた。
母親は、子供を抱きしめている。
肩が震えていた。
だが、まだ引かれていない。
「この子だけは!!」
必死な声。
「この子だけは、助けて!!」
子供が泣いている。
「かぁちゃん……!!」
「こわいよぉ……!!」
その恐怖へ、絡人達が寄っていく。
空気が重い。
感情が、引き寄せられている。
綾乃が、舌打ちした。
「ちっ……!!」
火焔玉。
ぱぁっ――
青白い火。
薬草の香り。
霧が散れる。
嵐が飛び込む。
「下がってろ!!」
拳。
絡人が吹き飛ぶ。
弦の矢が走る。
正確。
迷いがない。
蒼真は、黒い糸を見る。
流れ。
恐怖へ絡みつくもの。
剣が走る。
一閃。
糸が断ち切られる。
絡人達が、静かに崩れた。
母親が、子供を強く抱きしめる。
「よかった……」
「よかった……!!」
泣いていた。
子供も、母親へしがみついている。
その光景を。
一人、見ている者がいた。
木々の奥。
影。
無月だった。
感情のない目。
静かな呼吸。
視線だけが、母親へ向いている。
「……」
理解できなかった。
なぜ?
自分より、子供を優先する。
死ぬ可能性が高まる。
合理的ではない。
なのに。
母親は、迷わなかった。
無月が、わずかに首を傾ける。
「……なぜだ」
誰にも聞こえない声。
蒼真達は、気づかない。
無月は、しばらくその光景を見ていた。
子供を抱く母親。
安心した顔。
泣き声。
知らないものだった。
やがて。
無月は、静かに踵を返す。
音はない。
ただ。
去り際。
もう一度だけ、振り返った。
その目にあるものは、まだ誰にも分からない。
第五十七話 終
人は時に、
自分より大切なもののために動きます。




