第五十五話「流れへ返す」
第五十五話は、
“流れへ返す”話です。
留まり続けた想いにも、
帰る場所があるのかもしれません。
霧が揺れていた。
祠。
墓。
願い。
留まり続けた想いが、夜の森を満たしている。
核は、静かに脈打っていた。
どくん。
蒼真は、剣を握る。
胸が重かった。
見えてしまう。
全部。
帰ってきてほしかった想い。
一人にされた痛み。
忘れたくなかった願い。
悪意じゃない。
だから苦しい。
嵐が、拳を握る。
「蒼真」
短い声。
蒼真は、小さく息を吐いた。
「……ああ」
綾乃が、火焔玉を構える。
「道作る」
「迷うな」
ぱぁっ――
青白い火。
薬草の香り。
霧が散れる。
まるで、夜の中へ一筋だけ道ができたようだった。
弦が、静かに目を閉じる。
「……流れを戻せ」
風が吹く。
蒼真は、一歩前へ出た。
霧の人影が、揺れる。
泣いている。
待っている。
その姿が、一瞬だけ“人”に見えた。
蒼真は、剣を下ろさない。
ゆっくり。
静かに。
「……もういい」
その声は、優しかった。
「帰れ」
核が脈打つ。
どくん――
霧が、一斉に蒼真へ流れた。
嵐が前へ出る。
「蒼真!!」
蒼真は、動かなかった。
見えていた。
流れ。
止まっていたもの。
絡まっていたもの。
本来なら、流れていくはずだった想い。
剣が動く。
一閃。
黒い糸が断ち切られる。
風。
次の瞬間。
核へ絡みついていた流れが、一気にほどけた。
霧の人影達が、揺れる。
泣いていた。
少しだけ。
穏やかだった。
綾乃が、静かに火焔玉を投げる。
青白い火。
薬草の香り。
霧が、空へ溶けていく。
弔いのようだった。
蒼真は、最後まで剣を下ろさない。
そして。
核が、静かに崩れた。
どさり。
音は、それだけだった。
森に風が戻る。
重かった空気が、少しだけ軽くなった。
嵐が、息を吐く。
「……終わったのか」
弦が、静かに空を見る。
「流れたな」
綾乃は、酒を一口飲んだ。
「……帰れたなら、それでいい」
蒼真だけは、まだ祠を見ていた。
胸の奥が、少しだけ痛かった。
もし。
紬だったら。
自分は、断てるのか。
風だけが、静かに吹いていた。
第五十五話 終
別れは、
消えることではありません。




