第五十四話「帰すべきもの」
第五十四話は、
“帰すべきもの”の話です。
残り続ける想いは、
時に行き場を失います。
核は、静かに脈打っていた。
どくん。
祠の奥。
黒い塊が、生き物のように揺れる。
その周囲を、霧の人影が漂っていた。
泣いている。
笑っている。
誰かを待っている。
嵐が、拳を握る。
「……気味悪ぃ」
蒼真は、すぐには斬れなかった。
見えてしまう。
“想い”が。
残された声。
帰ってきてほしかった願い。
一人にされた痛み。
全部が、核へ沈んでいる。
綾乃が、静かに前へ出た。
「……まだ混ざってるな」
蒼真が見る。
「混ざってる?」
綾乃は、火焔玉を手にしたまま答える。
「生きてる側の感情だ」
「完全に沈みきってねぇ」
その声は、医者のものだった。
「まだ戻せる」
弦が、静かに核を見る。
「だが、深いな」
風が止まる。
その瞬間。
核が、大きく脈打った。
どくん――
霧が、一斉に揺れる。
「帰ってきて……」
「一人にしないで……」
「置いていかないで……」
声。
声。
声。
嵐が、歯を食いしばる。
頭へ響く。
迅。
奏多。
一瞬だけ、笑っていた頃が浮かんだ。
「っ……!!」
綾乃が、嵐の肩を掴む。
「飲まれるな!!」
火焔玉。
ぱぁっ――
薬草の香り。
温かい。
嵐の呼吸が、少し戻る。
「……ちっ」
綾乃が舌打ちする。
「数が多すぎる」
蒼真は、剣を握った。
核を断てば、終わるかもしれない。
だが、ここにはまだ“生きてる側”が残っている。
その時。
弦が、小さく呟いた。
「……帰せ」
静かな声。
「留まりすぎた」
風が吹く。
霧の人影が、揺れる。
蒼真の目に、一瞬だけ見えた。
泣きながら、誰かを待ち続けている影。
もう、どこにも行けなくなっている。
綾乃が、静かに目を閉じた。
「……ああ」
「帰してやるか」
その声は、優しかった。
蒼真が、ゆっくり剣を構える。
嵐が、拳を握る。
弦は、風を見る。
綾乃は、最後の火焔玉へ火をつけた。
青白い炎。
薬草の香り。
まるで。
弔いの火だった。
第五十四話 終
優しさは、
留まり続けると痛みに変わることがあります。




