第五十一話「呼ぶ声」
第五十一話は、
“呼ぶ声”の話です。
人は時に、
会いたい想いへ引かれてしまいます。
夜の町を、風が吹き抜けていた。
冷たい。
湿った空気だった。
蒼真達は、綾乃の後を追って走る。
診療所を出た先。
町の奥。
人が集まっていた。
ざわめき。
怯えた声。
「まただ……」
「今度は誰だ……」
人垣を抜ける。
そこにいたのは、一人の男だった。
若い。
顔色が悪い。
目は開いている。
焦点が合っていない。
ふらふらと、歩いている。
「待ってくれ……」
男が呟く。
「今、
行くから……」
その声に、感情は薄かった。
夢を見ながら、歩いているようだった。
蒼真の目が動く。
見えた。
黒い糸。
男の胸から伸び、町の外へ続いている。
「……繋がってる」
小さく呟く。
嵐が、男へ近づこうとした。
「おい!」
「刺激するな!!」
綾乃の声だった。
鋭い。
嵐が止まる。
綾乃は、男をじっと見ていた。
呼吸。
汗。
瞳。
そして、静かに息を吐く。
「……まだ戻れる」
町の人間達が、息を呑む。
「綾乃先生……!」
「頼む、助けてくれ……!」
綾乃は、男へゆっくり近づく。
刺激しない。
静かに。
「おい」
低い声。
「そっちはいねぇぞ」
男は歩き続ける。
「待ってるんだ……」
「妻が……」
その瞬間。
周囲の空気が、わずかに冷えた。
弦が、静かに目を細める。
「……近いな」
風が揺れる。
黒い糸が、わずかに脈打った。
綾乃が、男の前へ立つ。
「見ろ」
低い声。
「呼吸しろ」
男の目は、揺れている。
「お前、何日寝てねぇ」
返事はない。
綾乃は、腰の袋から薬草を取り出した。
火をつける。
淡い香り。
空気が、少しだけ変わる。
「……吸え」
男の呼吸が、わずかに揺れた。
「戻ってこい」
綾乃の声は、静かだった。
怒鳴らない。
否定しない。
「会いてぇなら、夢で会え」
「だが、生きてる時まで向こうへ行くな」
男の目から、涙が落ちた。
「……でも」
「一人なんだ……」
その言葉。
周囲の空気が、さらに沈む。
黒い糸が、ゆっくり揺れる。
蒼真は、剣へ手をかけた。
その時。
弦が、小さく呟く。
「……来る」
風が止まる。
町の外。
闇の奥で。
何かが、“呼んでいた”。
第五十一話 終
戻ってくるには、
誰かの声が必要なのかもしれません。




