第五十話「眠れない町」
第五十話は、
“眠れない町”の話です。
忘れられない想いは、
時に人を呼び続けます。
診療所の中は、静かだった。
火が揺れている。
薬草の香りが、薄く漂っていた。
嵐は、机へ突っ伏している。
目の前には、湯気の立つ薬。
「……まだ飲むのか」
綾乃が、酒を飲みながら答える。
「飲め」
「苦ぇんだよこれ……」
「効く薬ほどまずい」
即答だった。
嵐が、嫌そうな顔で飲む。
「っっっっ……!!」
綾乃が、鼻で笑う。
「死ぬほどじゃねぇ」
「ただ今日は地獄だ」
「最悪だ……」
その横で、蒼真は診療所の窓から外を見ていた。
町は暗い。
妙に静かだった。
「……最近、何が起きている」
綾乃は、少し黙る。
酒を一口。
「眠れねぇ奴が増えてる」
短い声。
だが、空気が少し変わる。
「夢を見るんだと」
「死んだ奴の夢だ」
火が揺れる。
「最初は、ただの悪夢かと思ってた」
「だが違う」
綾乃の目が細くなる。
「起きても、まだ“いる”と思ってやがる」
蒼真が、静かに目を伏せる。
弦は、茶を置いた。
「……流れに引かれているな」
綾乃の目が、初めて弦へ向く。
「お前、見えてんのか?」
「少しな」
綾乃は、じっと弦を見る。
その空気は、医者同士の観察に近かった。
「……なるほど」
「だからお前ら、この町の空気に気づいたのか」
嵐が、薬を飲みながら顔をしかめる。
「夢見たくらいで、そんなになるのかよ」
綾乃は、静かに火を見る。
「死んだ奴は、夢にくらい出てくる」
「問題は、起きても隣にいると思い込む時だ」
その声だけ、少し低かった。
蒼真は、小さく綾乃を見る。
綾乃は、気づいていない。
ただ酒を飲んでいる。
「放っとくと、現実と夢の境が消える」
「呼ばれるようになる」
「呼ばれる?」
嵐が聞き返す。
綾乃は、少しだけ嫌そうな顔をした。
「“こっちへ来い”ってな」
風が揺れる。
診療所の火が、わずかに揺らめいた。
「戻ってこれなくなった奴もいる」
沈黙。
重い。
蒼真の目に、薄く糸が見えた。
黒い。
細い。
町の奥へ、流れている。
「……繋がっている」
小さく呟く。
その時だった。
外から、叫び声が響く。
「起きろ!!」
「おい!!
戻ってこい!!」
全員の目が動く。
綾乃が、深く舌打ちした。
「……今夜もか」
立ち上がる。
その目は、さっきまでと違った。
医者の目だった。
■第五十話 終
夢は、
休むためのものです。
ですが時に、
人を連れていこうとします。




