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紡ぎの剣 〜見えない糸を断つ者〜  作者: つるぎまる
第四章『境界へ至る』

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第四十五話「残るもの」

第四十五話は、

“残るもの”の話です。


断っても、

消えないものがあります。


 朝の風が、静かに村を抜けていく。

 夜の冷たさは、まだ少し残っていた。


 子供達の声が聞こえる。

 小さい。

 弱い。


 それでも、昨日よりは少しだけ前を向いていた。


 蒼真《そうま》は、一人で村の外れに立っていた。


 視線は、森の奥。


 昨夜、“あれ”が現れた場所。

 もう何もない。


 霧も、気配も、残っていない。


「……残ってる」

 小さく呟く。

 感情だけが、まだ流れていた。


「考え込む癖でもあるのか」

 弦《げん》だった。

 後ろへ立つ。

 風みたいに静かだった。


 蒼真《そうま》は振り返らない。


「……斬った」

 小さく言う。


「戻ってなかった」

「だから斬った」


 弦《げん》は、少しだけ目を細める。

「間違いじゃない」


 蒼真《そうま》は黙る。


「だが」

 弦《げん》が続ける。


「お前は、“消した”と思ってる」


 風が吹く。


 蒼真《そうま》の目が、わずかに動く。


「……違うのか」


 弦《げん》は、少しだけ空を見る。


「断ったんじゃない」

「還したんだ」


 その言葉。

 静かに落ちる。


 蒼真《そうま》は、何も言わない。


 だが、視線だけが揺れた。


「想いは残る」

 弦《げん》が言う。


「だが、形に縛り続ければ壊れる」


 風が流れる。


「……あちら側は、そこを止めようとしている」


 蒼真《そうま》が、小さく呟く。


「……終われないからだ」


 遠くで、子供達の笑い声が聞こえた。


 小さい。

 短い。

 それでも、

 確かに生きている音だった。


 その頃。


 嵐《らん》は、薪を運ばされていた。


「……なんで俺が」


「若いからだ」

 豪山《ごうざん》が即答する。


「理不尽だろ……」


 だが、嵐《らん》は運ぶ。

 文句を言いながら。


 子供達が、その後ろをついて歩く。


「らんー!」


「おい引っ張んな!」


 服を掴まれる。

 嵐《らん》が顔をしかめる。


 だが、振り払わない。


「おっきいね!」

 小さな声。


 嵐《らん》が、わずかに止まる。


「……あ?」


 子供は笑う。

「豪山《ごうざん》みたい!」


 一瞬。


 嵐《らん》の目が揺れた。


 豪山《ごうざん》が、少しだけ鼻で笑う。


「まだまだだ」


「何がだよ……」


 だが、嵐《らん》は少しだけ肩の力を抜いた。


 その中に、昨日の子供もいた。

 少しだけ、笑っていた。


 嵐《らん》の動きが、ほんの少し止まる。


 豪山《ごうざん》が、横を見る。


「……残ったな」


 嵐《らん》は答えない。

 だが、否定もしなかった。


 昼。


 蒼真《そうま》は、一枚の紙を見ていた。

 子供が描いた絵。

 家族の絵だった。


 母親。

 父親。

 そして、

 小さな自分。

 みんな笑っている。


 母親の隣。

 小さく描かれた自分。

 手を繋いでいる。


 もう、戻らない。


 だが――

 確かに、そこにいた。


「……残る、か」

 小さく呟く。


 消えても。

 断っても。

 確かに残るものがある。


 その時だった。

 風が吹く。

 やわらかい。

 懐かしい。


 蒼真《そうま》の目が動く。


 “糸”。


 一瞬だけ。

 白く、細い流れが見えた。


「……紬《つむぎ》?」


 振り返る。


 だが、もう何もない。


 白い流れは、風の中へ静かにほどけて消えた。


 風だけが、静かに流れていた。



第四十五話 終



想いは、

必ずしも形として残るわけではありません。


それでも、

確かに繋がっているものがあります。

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