第四十三話「戻れないもの」
第四十三話は、
“戻れないもの”の話です。
想いは残る。
ですが、
同じ形では戻れません。
夜の風が、
静かに村を抜けていく。
焚き火は小さい。
火の音だけが響く。
その中に――
鈴の音が混ざった。
ちりん。
小さい。
遠い。
確かに聞こえた。
蒼真が顔を上げる。
嵐も、
ゆっくり立ち上がる。
豪山の目が細くなる。
「……外だな」
村の空気が、わずかに揺れていた。
静かすぎる。
嫌な静けさだった。
子供の一人が、ふらりと立ち上がる。
まだ眠そうな目。
小さな足。
「……おかあさん?」
その言葉で。
空気が、変わった。
「待て」
嵐が声をかける。
だが、子供は止まらない。
村の外。
闇の向こう。
そこに、“誰か”が立っている。
女だった。
白い着物。
長い髪。
静かに立っている。
「……おかあさん!」
子供が走る。
豪山が動く。
速い。
大きな手が、子供の肩を掴む。
乱暴ではない。
だが、離さない。
「……っ!」
子供が振り返る。
「やだ!」
「おかあさんだ!」
豪山は答えない。
ただ、
前を見ている。
その目は、わずかに険しかった。
蒼真が、一歩前へ出る。
“流れ”を見る。
繋がっている。
確かに。
想いが残っている。
子供へ向いている。
愛情もある。
懐かしさもある。
違う。
「……戻ってない」
小さく呟く。
女の口が動く。
「……おいで……」
優しい声だった。
その響きの奥で。
別の声が混ざる。
「……さびしい……」
「……かえりたい……」
「……まだ……」
「……たりない……」
空気が歪む。
女の輪郭が、わずかに崩れる。
顔が揺れる。
知らない誰かの表情が、一瞬だけ混ざった。
嵐の拳が握られる。
「……っ」
止まる。
殴れない。
子供がいる。
“母親”の声をしている。
豪山が、低く言う。
「……見るな」
子供へ向けた言葉だった。
だが――
嵐にも聞こえた。
女が、ゆっくりと手を伸ばす。
「……会いたかった……」
その瞬間。
蒼真の目が動く。
見えた。
流れの奥。
無数の“残り”が、絡みついている。
「……違う!!」
蒼真が踏み込む。
剣。
一閃。
断つ。
空気が裂ける。
女の姿が、霧みたいに崩れる。
その奥から、無数の声が溢れた。
「――いやだ」
「――かえりたい」
「――いたい」
「――ひとりは」
消える。
霧になる。
風に散る。
静寂。
子供が、その場に立ち尽くしている。
「……おかあさん?」
返事はない。
もう、何も残っていない。
嵐が、顔を伏せる。
拳が震えている。
豪山が、静かに子供の頭へ手を置く。
大きな手だった。
「……戻れん」
低い声。
「だが」
「想っていたのは、本当だ」
子供の肩が震える。
泣き声は、小さい。
その時だった。
弦の目が、森の奥を向く。
「……いるな」
風が止まる。
木々の奥。
闇の中。
誰かが立っている。
淡い青。
迅だった。
その目は、静かだった。
悲しいほどに。
「……どうして」
小さく言う。
「終わらせる」
風が、静かに揺れた。
第四十三話 終
会いたい。
それは、
きっと誰もが抱く願いです。
だからこそ、
断たなければならないものもあります。




