第四十二話「残された声」
第四十二話は、
“残された者達”の話です。
失ったものは戻らない。
それでも、
残るものがあります。
夜は、静かだった。
風が、ゆっくりと村を抜けていく。
焚き火の火が、小さく揺れる。
子供達は、もう眠っていた。
小さな寝息。
寄り添う影。
誰かの服を掴んだまま、眠っている子もいる。
嵐は、一人で座っていた。
少し離れた場所。
焚き火は見える。
近くには行かない。
拳を見ている。
開く。
閉じる。
その繰り返し。
「……眠れんか」
豪山だった。
大きな影が、隣へ座る。
地面が、わずかに沈む。
嵐は見ない。
「別に」
短く返す。
豪山は、それ以上聞かない。
火の音だけが響く。
「……似てるな」
豪山が言う。
嵐の眉が動く。
「誰にだよ」
豪山は、少しだけ火を見る。
「昔の俺にだ」
風が吹く。
嵐は何も言わない。
豪山が続ける。
「強ければ」
「守れると思ってた」
静かな声だった。
「前に出て」
「全部止めれば」
「残ると思ってた」
火が揺れる。
「……でも」
豪山の目が、ほんの少しだけ落ちる。
「間に合わんこともある」
嵐の拳が、わずかに握られる。
「……誰を」
小さく、問う。
豪山は、少しだけ黙った。
「妻と」
「息子だ」
火が、揺れる。
嵐の呼吸が止まる。
豪山は、笑わない。
泣かない。
ただ、静かに前を見ている。
「周りからは、鬼だの何だの言われてた」
低い声。
「怖がられてた」
「まあ、実際そうだったんだろう」
小さく息を吐く。
「だが――」
ほんの少しだけ。
目元が緩む。
「家では違った」
風が吹く。
豪山の視線が、
遠くを見る。
「“ちちうえー”ってな」
その一言で。
空気が変わる。
「走ってくるんだ」
「小せぇ足で」
静かな声。
「抱き上げると、
喜んで笑ってな」
嵐が、顔を伏せる。
豪山は続ける。
「……強くなれば」
「守れると思ってた」
「帰れば、また会えると思ってた」
火の音だけが響く。
「帰った時には」
「何も残ってなかった」
嵐が、息を呑む。
豪山は、感情を荒げない。
それが逆に重い。
「……だから」
豪山が言う。
「残った奴くらいは、生きてほしいと思った」
視線が、眠る子供達へ向く。
「それだけだ」
嵐が、小さく言う。
「……俺は」
言葉が止まる。
「……止められなかった」
豪山は、何も言わない。
否定もしない。
ただ、聞いている。
「……今でも」
嵐の声が掠れる。
「残ってる気がするんだよ」
「消えてねぇ」
拳が震える。
「だから……」
その先が、言えない。
豪山が、静かに言う。
「抱えたまま、生きろ」
嵐が、顔を上げる。
「……簡単に言うな」
「簡単じゃない」
即答だった。
豪山の目は、
揺れていない。
「だから残る」
風が吹く。
静かに。
優しく。
その時だった。
――鈴の音。
小さい。
遠い。
村の外。
嵐の目が動く。
豪山も、ゆっくり顔を上げる。
空気が、変わる。
子供の声。
「……おかあさん?」
蒼真が、立ち上がる。
視線は、闇の奥。
“何か”がいる。
第四十二話 終
抱えたまま、
生きていく。
それは弱さではなく、
残された者の強さなのかもしれません。




