第四十話「残せるもの」
第四十話は、
“残せるもの”の話です。
消えてしまうものがあるからこそ、
人は何かを残そうとします。
想いも。
言葉も。
願いも。
風が、止まっていた。
音がない。
鳥も鳴かない。
人の気配だけが、ある。
「……妙だな」
蒼真が言う。
低く。
視線は、奥。
「……いるな」
嵐が答える。
短く。
踏み出さない。
そのまま、進む。
村だった。
小さい。
静かすぎる。
扉が開いている。
誰も出てこない。
「……おい」
嵐が声をかける。
返事はない。
奥。
影が動く。
人だ。
三人。
女。
老人。
そして――
子供。
揺れている。
輪郭が、曖昧だ。
「……絡人か」
嵐が呟く。
構える。
止まる。
女の口が動く。
「……帰りたい……」
子供が、手を掴んでいる。
「……おかあさん……」
空気が落ちる。
老人が言う。
「……まだ……」
「……間に合うか……」
蒼真の目が細くなる。
“流れ”を見る。
「……持たない」
小さく言う。
嵐が振り向く。
「どれくらいだ」
「……長くない」
「崩れる」
子供が言う。
「……たすけて」
その一言。
嵐の動きが止まる。
「……まだ……」
小さく呟く。
拳が震える。
女が、揺れる。
輪郭が崩れかける。
流れが乱れる。
蒼真が言う。
「……一人だ」
嵐の顔が歪む。
「は?」
「全部は無理だ」
「一人しか繋げない」
風が止まる。
老人が、笑う。
かすかに。
「……そうか」
一歩、前に出る。
揺れている。
崩れかけている。
「……あの子を」
「頼む」
子供を見る。
「……まだ、戻れる」
女の目が揺れる。
涙が落ちる。
「……いや……」
声が震える。
「……この子を……」
子供が、首を振る。
「やだ……」
嵐が動けない。
拳が上がらない。
「……っ」
蒼真が踏み出す。
迷いがない。
子供に触れる。
瞬間。
流れが揃う。
集まる。
繋がる。
「……戻れ」
低く言う。
光が、収まる。
子供の輪郭が戻る。
呼吸が整う。
「……あ……」
焦点が合う。
「……おかあさん……」
振り向く。
その瞬間。
女の流れが崩れる。
老人も、同時に。
嵐の目が見開かれる。
「……やめろ」
小さく言う。
遅い。
崩れる。
霧になる。
断つしかない。
嵐が踏み込む。
拳。
振る。
断つ。
完全に。
風が戻る。
子供が立っている。
一人で。
「……おかあさん……?」
返事はない。
嵐が動かない。
拳が、震えている。
子供が振り向く。
「……ありがとう」
小さく言う。
涙を流しながら。
嵐は、答えられない。
その足元。
核が、残る。
揺れている。
歪んでいる。
嵐の視線が落ちる。
「……またかよ……」
小さく言う。
手を伸ばす。
止まる。
触れない。
蒼真が言う。
静かに。
「……残せたな」
「……一つだけ」
嵐が何も言わない。
風が通る。
軽くはない。
第四十話 終
人はいつか消えていきます。
それでも——
誰かへ渡されたものは、静かに残り続けます。




