第三十八話「追えないもの」
第三十八話は、
“追えないもの”の話です。
近づいているはずなのに、
届かないものがあります。
見えているのに、
掴めないものがあります。
風が、抜ける。
さっきまでの気配が、嘘みたいに消えている。
だが――
残っている。
確かに。
「……チッ」
嵐が舌打ちする。
拳は、まだ握られたまま。
視線は、さっき迅がいた場所。
「行くぞ」
短く言う。
返事は待たない。
踏み出す。
速い。
迷いがない。
「待て」
蒼真が止める。
嵐が振り向く。
「……なんだよ」
苛立っている。
隠さない。
「追っても無駄だ」
静かに言う。
嵐の眉が寄る。
「は?」
「今のは、逃げたんじゃない」
「繋がった」
沈黙。
風が止まる。
⸻
蒼真の視線が落ちる。
地面。
何もない。
“流れている”。
「……ここだ」
小さく言う。
しゃがむ。
手をかざす。
触れない。
ただ、見る。
「……同じだ」
「何がだよ」
嵐が言う。
苛立ちを抑えきれない。
「さっきの核」
「流れが繋がってる」
嵐が舌打ちする。
「だからなんだ」
「追えない」
即答。
「この流れは」
「場所じゃない」
⸻
沈黙。
意味がわからない。
嵐が言う。
「……わかんねぇよ」
「俺も、完全じゃない」
蒼真が立ち上がる。
視線は、そのまま。
「でも」
「同じ場所にいない」
風が吹く。
軽い。
確かに“続いている”。
「……チッ」
嵐が拳を鳴らす。
「だったらどうすんだよ」
「追う」
「追えねぇって言っただろ」
「追い方を変える」
沈黙。
嵐が睨む。
「……どうやってだ」
蒼真は、少しだけ間を置く。
視線を外さない。
「流れを辿る」
「じゃない」
嵐が眉を寄せる。
「繋がりを読む」
その言葉が落ちる。
静かに。
嵐は黙る。
理解はしていない。
無視もできない。
「……次は」
嵐が言う。
低く。
「止める」
「今度は、迷わねぇ」
その言葉。
強い。
しかし、
どこか、歪んでいる。
蒼真は何も言わない。
ただ、見ている。
嵐を。
その時。
空気が、わずかに揺れる。
「……また来る」
蒼真が言う。
低く。
気配。
複数。
さっきより――濃い。
嵐が前に出る。
迷いはない。
さっきとは違う。
踏み込む。
拳。
叩く。
絡人が崩れる。
⸻
“残る”。
⸻
核。
同じ揺れ。
同じ歪み。
嵐の動きが止まる。
一瞬。
本当に一瞬。
迷い。
「……っ」
歯を食いしばる。
拳を振る。
断つ。
消える。
静寂。
嵐が立っている。
息が荒い。
「……チッ……!」
強く吐き出す。
拳が震える。
蒼真が言う。
小さく。
「……同じだな」
「……残ってる」
風が通る。
だが――
終わっていない。
第三十八話 終
人は時に、
追い続けることでしか前へ進めない事があります。
それでも——
届かないものは、確かに存在します。




