第三十七話「残されたもの」
第三十七話は、
“残されたもの”の話です。
消えたあとにも、
人の想いは静かに残り続けます。
それは時に、
誰かを縛るものにもなります。
――風が、戻る。
森の空気。
重い。
さっきまでとは違う。
嵐が、動かない。
拳が、わずかに震えている。
視線は、落ちたまま。
「……嵐」
蒼真が呼ぶ。
返事は、ない。
嵐が、ゆっくり息を吐く。
浅い。
まだ、戻っていない。
「……なんでもねぇ」
短く言う。
その声は、わずかに掠れていた。
⸻
「……来る」
蒼真の声。
空気が、歪む。
絡人。
数体。
動きが鈍い。
揃っていない。
ばらけている。
「……さっきと同じか」
嵐が前に出る。
踏み込む。
拳。
叩く。
崩れる。
軽い。
「チッ……」
もう一体。
同じ。
手応えがない。
「……あった」
嵐の視線が落ちる。
足元。
核。
淡く、揺れている。
違う。
明らかに。
「……触るな!!」
嵐が叫ぶ。
反射的に。
蒼真の手が止まる。
一瞬。
沈黙。
空気が張る。
だが。
わずかに、触れる。
蒼真の指先が。
ほんの、かすかに。
瞬間。
音が、ズレる。
視界が歪む。
流れが引っかかる。
「……かな……」
声。
小さい。
途切れる。
すぐ消える。
嵐の呼吸が止まる。
目が見開かれる。
「……やめろ」
低く言う。
震えている。
「それ……触るな……」
その時。
空気が、静かに動く。
“上”。
何かが降りてくる。
音はない。
そこにいる。
「……やっと見つけた」
声。
静か。
感情が、ない。
確信だけがある。
そこに立っていたのは。
迅だった。
沈黙。
嵐が、顔を上げる。
視線がぶつかる。
時間が止まる。
「……お前……」
かすれた声。
名前は言わない。
言えない。
迅は、見ていない。
嵐を。
蒼真を。
ただ――
核を見ている。
「……それを、どうする」
蒼真が言う。
静かに。
迅は答える。
迷いなく。
「取り戻すだけだ」
その一言。
空気が、変わる。
嵐が動く。
一歩。
前へ。
「……やめろ」
低い。
抑えている。
「それはもう……違う」
迅の視線が、わずかに上がる。
嵐を見る。
ほんの一瞬だけ。
「違わない」
即答。
揺らがない。
「……あいつは」
「まだ繋がってる」
嵐の顔が歪む。
拳が、震える。
「……見てただろ!!」
叫ぶ。
抑えきれない。
「最後を!!」
風が止まる。
迅が言う。
静かに。
「……だからだ」
「終わらせない」
「まだ、繋がってる」
その言葉。
それだけで。
全部が、分かれる。
嵐が踏み込む。
止まらない。
拳。
一直線。
迅は、動かない。
核に手を伸ばす。
触れる。
その瞬間。
流れが、揃う。
歪む。
重なる。
迅の目が、わずかに揺れる。
「……かな……」
小さく。
確かに。
嵐の拳が、止まる。
一瞬。
本当に一瞬。
迷いが、生まれる。
その隙で。
迅の姿が、消える。
気配だけが、残る。
風が戻る。
嵐が、立っている。
拳が、止まったまま。
「……チッ……!」
歯を食いしばる。
振り下ろす場所は、もうない。
蒼真が言う。
小さく。
「……今のは」
嵐が答える。
低く。
「……残ってる」
「……あいつの、欠片だ」
風が通る。
もう、同じではない。
第三十七話 終
残されたものは、
悲しみだけではありません。
誰かを想っていた時間もまた、
確かにそこへ残っています。




