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紡ぎの剣 〜見えない糸を断つ者〜  作者: つるぎまる
第三章 繋がる根

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第三十六話後編「間に合わなかった」

第三十六話後編は、

“間に合わなかった”の話です。


あと少し。

あと一歩。


その届かなさが、

人の心へ残り続けることがあります。

 核は、足元にあった。

 淡く、歪んだ光。

 揺れている。

 脈打つように。

 呼吸のように。


 奏多かなは、それを見ていた。


 そして――

 さっきの“感触”を思い出していた。


(戻った)

 一瞬だけ。

 確かに。


(いける)

 そう思った。

 迷いなく。


「……これだ」

 小さく、言う。


 らんが反応する。

「やめろ」

 低い声。

 即答だった。


 だが――

 奏多かなは止まらない。


「まだ、繋がってる」

 一歩、前へ。


 じんが言う。

「……待て」

 静かに。


「試せる」

 その一言が、場を止めた。


 嵐の動きが、わずかに止まる。

 奏多は、迷わない。

 手を伸ばす。


 核に――触れる。


 瞬間。

 音が消えた。

 空気が、裏返る。


 “来る”。


 それは理解だった。

 記憶が流れ込む。

 感情が流れ込む。


 重い。

 多い。


(まだ、いける)

 奏多は、踏みとどまる。

 指先に、繋がりがある。

 確かに。


(ここから戻せる)

 女の記憶。

 帰りたい場所。

 名前。

 温度。


(ほら)

 繋がる。

 ほどける。

 戻る。


「……大丈夫」

 小さく、言う。

 自分に言い聞かせるように。


「まだ――」

 その時。

 別の声が混ざる。


(違う)

 冷たい。

 知らない感情。


(連れていけ)


(まだ足りない)


(繋げ)


 奏多の呼吸が止まる。

「……あれ?」


 重い。

 数が合わない。

 一人じゃない。

 増えている。

 絡みつく。

 引き込む。


(……違う)

 これは、さっきの“戻り方”じゃない。


 でも――

(離したら)

 切れる。

 全部。

 ここまで繋いだものが。


「……待て、奏多」

 迅の声。

 近い。

「一回離せ」


「やめろ!」

 嵐の声。

 強い。

 踏み込む気配。


(ダメだ)

 奏多は思う。

(今離したら)

 終わる。

 全部。

 ここまで届いたものが。


「……来るな」

 小さく言う。

 震えていない。

 ただ、静かに。


 嵐の足が止まる。

 迅の手が止まる。


(今だけは)

 邪魔されたくない。

 あと少し。

 あと少しで。

 全部、繋がる。

 戻る。


 だから――

 その一瞬の判断が。

 致命的だった。



 流れが、崩れる。

 重なる。

 増える。

 溢れる。

 奏多の目が、揺れる。

 視界が歪む。

 声が混ざる。


「……怖い……」


「……帰りたい……」


「……痛い……」


「……連れていけ……」


「……まだ足りない……」


 止まらない。

 受け止めきれない。


 しかし――

 手は離さない。


(……まだ……)

 届く。

 そう思っている。

 その優しさが。

 離さない理由だった。


「やめろォ!」

 嵐が動く。

 踏み込む。

 速い。

 迷いがない。

 腕を掴む。

 引き剥がそうとする。

 その瞬間。

 流れが、弾ける。

 断ち切れない。

 中途半端に裂ける。


「……っ!」

 奏多の身体が跳ねる。

 繋がりが、歪む。


 迅が動く。

「待て!」

 手を伸ばす。

 繋ぎ止めようとする。


 だが――

 増える。

 さらに重なる。

 押し込まれる。


「……やめろ、両方!」

 迅の声が崩れる。

 だが、止まらない。


 嵐は止める。

 迅は繋ぐ。

 奏多は離さない。


 ――三つの選択が。

 ぶつかる。


「……あ……」

 奏多の声が落ちる。

 静かに。

 力が抜ける。

 目が、焦点を失う。


 それでも。

 まだ、立っている。


「……ふたり……」

 口が動く。

 震えている。


「……なら……」

 その目に。

 一瞬だけ。

 “いつもの色”が戻る。

 笑おうとする。

 でも、できない。


「……できた…はず…なのに……」

 次の瞬間。

 核が、砕ける。

 音はない。

 だが、確かに壊れた。


 光が霧になる。

 流れが暴れる。

 空間が歪む。


 そこに立っているのは――

 人じゃない。

 霧でもない。

 壊れた“繋がり”。

 歪んだ存在。


「……なんで……」

 声がする。

 掠れている。

 それでも、届く。


「……一緒に……」


 嵐が止まる。

 迅が動けない。


「……やってくれなかった……」

 沈黙。

 時間が止まる。


 嵐が動く。

 止まらない。

 拳が振られる。

 迷いはない。


 ――断つ。

 完全に。


 霧が散る。

 何も残らない。


 静寂。

 風が戻る。

 軽い。

 何もない。

 嵐が立っている。

 拳が震えている。

 下を見ている。


 迅が、動かない。

 目が開いたまま。

 呼吸が浅い。


 その奥で。

 玄真げんしんが立っていた。

 最初から。

 ずっと。

 見ていた。

 何も言わない。


「……遅ぇんだよ」

 嵐の声。

 低い。

 掠れている。


「迷ってる間に壊れた」

 迅の声が返る。

 震えている。


「……違う」


「断ったから壊れた」


 沈黙。

 風が止まる。


 玄真が言う。

「選べ」

 それだけ。

 それだけが、残る。



 その日。

 二人は、別れた。



後編 終

救えなかった記憶は、

簡単には消えません。


それでも人は、

その痛みを抱えたまま前へ進いていきます。

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