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紡ぎの剣 〜見えない糸を断つ者〜  作者: つるぎまる
第三章 繋がる根

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第三十五話前編「まだ、繋がってる」

第三十五話前編は、

“まだ、繋がってる”の話です。


見えなくなっても。

離れてしまっても。


人は時に、

残った想いへ触れてしまいます。

 朝の空気は、冷たかった。

 道場の床は、まだ夜の温度を残している。

 静かだ。


 次の瞬間。


「はっ!」

 踏み込み。

 らんの拳が、一直線に走る。


 速い。

 迷いがない。

 止まらない。


 ――止まる。

 寸前で。


 斎堂玄真さいどうげんしんの掌に、触れる前に。


「……遅い」

 短い声。


 次の瞬間、嵐の体勢が崩れる。

 流された。

 ではない。


 “置いていかれた”。


「チッ……!」

 床を踏み直す。

 もう一歩。

 行こうとする。


「やめとけ」

 横から声。

 じんが、軽く手を出す。

 嵐の肩を押し戻す。


「今のは、力の入れすぎ」


「は?」


「全部前に出てる」

 迅は笑う。


「“断つ”ってのはさ」

 一歩、前へ。

 嵐の拳を軽く受ける。

 そのまま、逸らす。

 崩す。


「流れごと持ってくんだよ」

 柔らかい。

 だが、確実に制御している。


 嵐が眉を寄せる。

「回してるだけだろ」


「違うって」

 迅が笑う。


「繋いでる」


「終わらせない形でな」


 沈黙。

 空気が少し張る。


「……どっちも違うよ」

 声が落ちる。


 振り向く。

 奏多かなが、立っていた。

 寝癖が少し残っている。

 道着の紐も、少し緩い。


 なのに。

 目だけは、真っ直ぐだった。


「断つだけだと、そこで終わるし」

「繋ぐだけだと、残るだけだ」


 一歩、前へ。

 嵐と迅の間に立つ。


「だから――」

 軽く構える。


「ちょっと貸して」

 嵐の拳を取る。

 強くない。

 ただ、触れる。


 そのまま――

 流す。


 迅の方へ。

 迅が受ける。

 だが。

 崩れる。


「……え?」

 迅が小さく声を漏らす。

 支えられている。

 倒れない。

 でも、立ってもいない。


 “中間”。


「……こう」

 奏多が言う。

 少しだけ笑う。


「断って、繋ぐ」

 沈黙。

 嵐が何も言わない。

 迅も、黙る。


 玄真が、わずかに目を細める。

 その視線は――

 ほんの一瞬だけ、

 柔らいだ。


 稽古の後。

 水を飲む。

 風が通る。

 木の匂いがする。


「……お前、なんでそんな中途半端なんだよ」

 嵐が言う。

 壁にもたれている。

 荒い呼吸は、もう落ち着いていた。


「中途半端って言うなよ」

 奏多が笑う。


「いいとこ取りって言ってくれ」


「同じだろ」


「違うって」

 肩をすくめる。


「どっちも大事だろ」


「断たないと終われないし」

「繋がないと、残らない」


 嵐が顔をしかめる。

「どっちかでいいだろ」


「ダメだよ」

 即答だった。

 軽い声。

 でも、迷いがない。


「一人だったら、そうかもだけど」


「三人いるだろ」


 沈黙。

 風が通る。

 迅が笑う。


「……それ、ずるいな」


「何が?」


「それ言われるとさ」

 一歩、近づく。


「否定しづらい」


 奏多が笑う。

「だろ?」


 嵐が舌打ちする。

「……チッ」


 だが、もう何も言わない。



 夕方。

 森の奥。

 空気が、少し重い。


「……いるな」

 迅が言う。


 静かに。

 その先。

 人がいる。


 女。


 立っている。


 だが――

 揺れている。


「……絡人らくとか」

 嵐が構える。

 一歩、出る。


「待って」

 奏多かなが止める。


 前に出る。

 ゆっくり。

 女を見る。

 その奥を見る。


「……まだ、残ってる」


 女の口が、動く。

「……帰りたい……」


 小さな声。

 その一言で。

 空気が変わる。


 嵐の拳が止まる。

 迅の視線が揺れる。


「……無理だ」

 嵐が言う。

 低く。


「もう――」


「違う」

 奏多が言う。

 優しく。

 でも、はっきりと。


「繋がってる」

 一歩、近づく。

 手を伸ばす。

 触れる。

 肩に。

 軽く。


 その瞬間。

 女の目に、光が戻る。


「……あ……」

 焦点が合う。


「……ありがとう……」

 その声だけは、

 確かに“人”だった。


 涙が落ちる。

 一瞬だけ。

 本当に、一瞬だけ。


 “戻る”。


 沈黙。

 風が通る。

 嵐が息を止める。

 迅が目を細める。

 奏多が、小さく笑う。


「ほら」


「まだ、繋がってる」


 その足元で。


 核が、わずかに光った。



前編 終

断ち切れないものは、

弱さだけではありません。


それはきっと、

誰かを大切に思っていた証でもあります。

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