第三話 「喪失」
ここから作品の軸が見えてきます。
“戦い”ではなく、
“何と戦っているのか”に注目してみてください。
朝の空気は、どこか冷えていた。
「お兄ちゃん、また考えごと?」
振り向くと、紬が立っている。
いつもと同じ距離。
同じ声。
——なのに。
“何かが、少しだけ違う。”
「……してない」
そう答えながら、
ほんのわずかに違和感が残る。
「昨日のこと?」
紬が続ける。
あの霧。
あの“声”。
思い出しかけて、やめる。
「お前には関係ない」
少し強く言ってしまう。
一瞬。
紬の表情が止まる。
ほんの一瞬だけ、
“誰か別の顔”が重なった気がした。
「……あるよ」
静かな声。
「だって、もう——」
言いかけて、止まる。
「……なんでもない」
笑う。
いつもの笑顔。
だが、
(今のは……)
確かに何かが違った。
町は、いつも通りに見えた。
人が歩き、声が響く。
だがその中に、
“ズレ”がある。
同じ場所に立ち続ける男。
同じ動きを繰り返す女。
誰も、それを気にしていない。
「……見えるよ」
紬が、ぽつりと呟く。
「糸みたいなの」
蒼真の呼吸が、わずかに止まる。
「……見えるのか」
「うん」
紬は、どこか遠くを見る。
「いっぱい、繋がってる」
その言い方は、
“知っている”ものだった。
⸻
その瞬間。
空気が、止まる。
音が消える。
風が、消える。
「……来る」
紬が、静かに言う。
影が落ちた。
屋根の上。
黒い影。
音もなく、立っている。
顔は見えない。
だが——
“こちらを見ている”。
「……お前か」
蒼真が低く呟く。
影は、ゆっくりと視線を下ろす。
そして——
⸻
紬を見た。
「……見つけた」
感情のない声。
次の瞬間。
消える。
気配が、一瞬で背後に回る。
「下がれ!」
刀を抜く。
金属音。
火花。
黒衣の忍。
無月。
動きが、見えない。
斬る。
だが——
(軽い……?)
手応えがない。
まるで、
“そこにいない”。
⸻その一瞬。
影が、紬へ伸びる。
「やめろ!!」
踏み込む。
間に合う距離。
——のはずだった。
だが。
一瞬だけ。
視界が揺れる。
声が、重なる。
「守れなかった」
⸻
——止まった。
ほんの、わずかに。
それは瞬きほどの時間。
だが——
致命的だった。
無月の手が、紬の腕を掴む。
「……っ!」
届かない。
あと一歩。
その距離が、埋まらない。
⸻
紬は、抵抗しない。
ただ、蒼真を見る。
「……お兄ちゃん」
静かな声。
「大丈夫」
微笑む。
その目は、
どこか遠くを見ていた。
「もう、繋がってるから」
意味のわからない言葉。
「待ってる」
その瞬間。
影が崩れる。
霧のように。
紬の姿が、消えた。
⸻
静寂。
何もない。
風だけが、遅れて吹く。
「……紬?」
返事はない。
一歩、踏み出す。
もう一歩。
そこに誰もいないことを、
理解する。
遅れて、
現実が落ちてくる。
「……っ」
呼吸が乱れる。
手が震える。
視界が歪む。
⸻間に合わなかった。
⸻守れなかった。
あの時と、同じように。
違うのは——
今度は、
自分のせいだということだけだ。
蒼真は、刀に手を置く。
「……必ず、見つける」
低く呟く。
「どこにいようと」
その声は、静かだった。
だが
その奥で、
⸻何かが、壊れていた。
戻らない形で。
旅が、始まる。
第三話 終
▼続きはこちらから(次話)
この物語の方向性は、
ここから一気に広がっていきます。
次話は、
より直接的な衝突へ。




