第百十四話「何も残っていなかった」
違和感は、いつも小さな音から始まります。
気づいた時には、もう止められない。
守ろうとした者も、奪おうとした者も。
誰も予想しなかった結末が訪れます。
ピシッ……
何かに亀裂が入る音。
玄真は辺りを見回した。
清隆も祠へ視線を向ける。
豪山だけが、 ゆっくりと足元を見た。
……
土が震えている
違う
大地が、悲鳴を上げていた。
豪山の表情が変わる
兵達は豪山を警戒しながら、 爆薬を運び始める。
「導火線を!」
隊長の声
玄真は祠を見る
清隆も祠を見る
その瞬間、清隆は息を呑んだ。
「……蓮、行くぞ」
短く告げると、清隆は駆け出した。
蓮も一瞬だけ周囲を見渡し、 すぐにその背を追う。
「待て、清隆!」
玄真の制止も振り切り、 二人は祠へと一直線に向かう。
足元の地面が波打つように揺れる。
それでも止まらない。
祠の奥へ――
豪山だけが大地を見つめていた。
その時、祠の奥
黒い結晶が大きく脈打つ。
豪山の瞳が見開かれた
「!!」
爆薬
結晶
大地
すべてが一つに繋がる。
豪山は腹の底から叫んだ
「全員、下がれぇぇぇ!!」
玄真も即座に動いた。
「聞こえたな! 全員退避だ! 村人を先に!」
兵達が一斉に動き出す。
「こっちだ! 急げ!」
「子供を先に!」
村人達を押し出すようにして、 安全な場所へと誘導する。
泣き叫ぶ声
混乱する足音
それでも兵達は必死に人を運ぶ。
豪山も近くの者の腕を掴み、 強引に引き離す。
「立て! 死にたくなければ走れ!」
玄真は最後まで周囲を見渡し、 取り残された者がいないか確認する。
そして――
「もういい、離れろ!」
次の瞬間、
世界が白く染まった。
目を開けていられないほどの閃光。
空気が震える
大地が軋む
耳を裂く轟音
そして──
静寂。
……
白い粉塵だけが、 静かに舞っていた。
風が吹く。
粉塵が、 ゆっくりと晴れていく。
そこには──
何も残っていなかった。
祠も
診療所も
人の姿も
……
誰も動かなかった。
村人も
兵達も
ただ、 目の前の光景を見つめている。
玄真は立ち尽くしていた。
豪山も言葉が出ない。
……
やがて
玄真が静かに口を開く。
「生存者を探せ。」
その一言で、 止まっていた時間が動き出す。
「こっちだ!」
「誰かいないか!」
兵も
村人も
必死に走り出す。
綾乃だけは、 動かなかった。
目を見開いたまま、 何もない場所を見つめている。
手から包帯が落ちた。
ころ……。
地面を転がる
拾わない。
いや、 拾えなかった。
豪山は静かに歩み寄る。
「……綾乃。」
返事はない
豪山は、 そっと肩へ手を置いた。
それでも綾乃は動かなかった。
……
遠くから
馬の蹄が響く。
土煙を上げながら、 一頭の馬がこちらへ向かってくる。
全速力で。
必死に何かを叫んでいる。
だが、 まだその声は届かない。
第百十四話 終
守るために動いた人たちも、奪おうとしていた人たちも。
その瞬間だけは、敵も味方もありませんでした。
けれど、残された現実はあまりにも残酷です。
水無瀬家編は、ここから新たな局面へ入ります。
次回も見届けていただけたら嬉しいです。




