第百八話「止める者たち」
人を救うはずの願いは、いつから人を縛るものへ変わるのでしょうか。
亡くなった人に会える祠。
それは希望なのか、それとも終わりのない執着なのか。
今回は、その異変に最初に気づいた者たちの物語です。
診療所には重い空気が流れていた。
いつもの診察室。
だが今日は患者はいない。
代わりに集められたのは、水無瀬家で学ぶ若い医師達と薬師達だった。
綾乃は診察室の隅で薬草を仕分けている。
父の様子が、いつもと違う。
それだけは幼い綾乃にも分かっていた。
「皆、集まってくれてありがとう」
水無瀬が静かに口を開く。
「今日は祠について話がある」
部屋がざわついた。
「祠……ですか?」
「ああ」
机の上には一つの結晶が置かれている。
昨日、祠で拾ったものだった。
「最近、祠へ通う者が増えている」
誰も頷く
皆知っていた
村中で噂になっていることを。
「亡くなった人に会える」
その言葉だけで十分だった。
「先生」
一人の若い医師が口を開く
「ですが……皆さん救われています。」
「診療所へ来る方も増えています。」
「皆、笑顔です。」
部屋の何人かも頷いた
「塞ぎ込んでいた人が前を向きました。」
「生きる希望を取り戻しています。」
「何が問題なのでしょうか。」
水無瀬は静かに目を閉じた。
「……病人は減った」
「だが診療所へ来る者は減っていない」
静まり返る。
「皆、同じ話をする」
「『会えました』と」
誰も言葉を返せなかった。
「私は医師だ」
「毎日、人を診ている」
「笑顔は増えた」
「だが……」
「顔色は悪い」
「眠れていない」
「身体は痩せ始めている」
「それでも誰一人、自分を病人だと思っていない」
部屋の空気が変わる。
「先生……」
「私は先生に賛成です」
全員が振り向く。
そこにいたのは
若い医師、藤原蓮だった。
「私も祠へ行きました」
「皆、幸せそうでした」
「ですが……」
蓮はゆっくり続ける。
「昨日より長く会いたい」
「もっと話したい」
「また明日も」
「皆、その話しかしません」
「身体より」
「明日の夢を大切にしている」
皆、静まり返る。
水無瀬は小さく頷いた。
「希望ではない」
「依存になり始めている」
誰も反論できない。
「薬も同じだ。」
「人を救う薬は、使い方を誤れば毒になる。」
「祠もまた、同じだ。」
「会えた」
「なら、また会いたくなる」
「もっと長く」
「もっと何度でも」
「人の願いに終わりはない」
「だからこそ恐ろしい」
綾乃は父を見る。
蓮を見る。
二人とも怖い顔をしていた。
何を話しているのかは分からない。
でも、何か大変なことが起きようとしている。
そんな気がした。
やがて水無瀬は立ち上がった。
「……祠を閉じる」
部屋がざわつく。
「先生!」
「反発されます!」
「村人達は納得しません!」
水無瀬は静かに答えた。
「分かっている」
「それでも止めなければならない」
「これ以上、人の流れを留める訳にはいかない」
窓の外では今日も人々が祠へ向かっている。
胸に結晶を抱きながら。
水無瀬はその姿を静かに見つめる。
「これで止まってくれ……。」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
この時の私はまだ知らなかった。
父が見ていたものを。
蓮が恐れていたものを。
そして――
祠を閉ざすという決断が、守るためではなく、戦いを呼ぶ引き金になってしまうことを。
第百八話 終
ここから物語は大きく動き始めます。
水無瀬の決断は、多くの人を救うためのものでした。ですが、人は簡単には大切なものを手放せません。
「祠を閉じる」
その一言が、村を二つに分け、やがて世界全体を巻き込む戦いへと繋がっていきます。
次回、第百九話もよろしくお願いいたします。




