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紡ぎの剣 〜見えない糸を断つ者〜  作者: つるぎまる
第四章『境界へ至る』

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第百三話「行ってこい」

いつもお読みいただきありがとうございます。


失ったものは大きい。


それでも、

託された想いは消えません。


第百三話

「行ってこい」


よろしくお願いいたします。

 黒い流れが荒れ狂っていた。

 空洞全体が震える

 砕けた黒水晶が宙を舞い、轟音が響き続ける。


 蒼真そうまは刀を握っている。

 だが足が動かない

 流れが重い

 身体へ絡み付くように

 魂ごと引き裂こうとするように。


「ぐっ……!」

 膝が沈む

 刀を支えにしても立っていられない。


 その時、

「蒼真!」

 らんの声。


 蒼真が顔を上げた。


 子供達を連れたらんが戻って来ていた。


 綾乃あやのが周囲を見回す。


「……豪山は?」


 らん

 答えられなかった。


 歯を食いしばる

 拳を握る

 それだけで十分だった。


 綾乃あやのは目を閉じる。

「そうかい……」

 

 だが次の瞬間

 空洞が大きく揺れる。


 黒い流れが暴れ出した。


「まだ終わってない!」

 らんが叫ぶ。


「綾乃! 子供達を頼む!」


「任せな」

 綾乃あやのが頷く。


 らんは駆け出した。

 拳を振るう

 黒水晶が砕け散る。


 げんは弓を構えた。

「左だ!」

 矢が放たれる

 流れの結節点へ突き刺さる。


 かがりは糸を見ていた。

「そこだ」


 白玖はくの札が舞う。

 結界が広がる。


 誰も止まらない、

 誰も諦めていない。


 それでも、蒼真そうまは立てない

 流れが強過ぎる。


 重い

 苦しい

 視界が揺れる。


「くっ……!」

 刀が落ちそうになる。


 その時…

「情けねぇ顔してるな」

 聞き覚えのある声がした。


 蒼真そうまの目が見開かれる。

 胸が強く脈打つ。


「……豪山?」

 振り向く

 そこにいた

 豪山ごうざん


 だが身体は透けている

 淡い光を纏いながら

 静かに立っていた。


 信じたいのに、信じれば別れを認めることになる気がして。

 蒼真そうまの喉が詰まる。


「何泣いてんだ」

 豪山ごうざんは笑う。


「まだ終わってねぇだろ」


 蒼真そうまの唇が震える。

「豪山……」

 言葉にならない。


 伸ばしかけた手が空中で止まる。

 触れた瞬間に消えてしまいそうで

 怖かった。


 豪山ごうざんはゆっくり歩く。

 そして、

 大きな手を蒼真そうまの頭へ置いた。


 ぽん

 ぽんぽん

 優しく撫でる。


 温もりは不思議なほど確かだった。


「お前も俺の息子みたいなもんだ」


 蒼真そうまの目から涙が零れた。

 堪えていたものが決壊する。


 もっと早く礼を言えばよかった

 もっと話したかった。


 そんな思いが胸を締め付けた。


 その瞬間

 ドクン。

 身体の奥で何かが鳴る。 


 温かい

 大地のような力。

 揺るがない安心感。


 豪山ごうざんの想いが流れ込む。

 蒼真そうまは顔を上げた。

 立ち上がり、刀を握る。


 豪山ごうざんは満足そうに笑った。

 その身体が少しずつ薄れていく。


「待ってくれ!」

 蒼真そうまが叫ぶ、

 一歩踏み出す。

 しかし、指先は届かない。


 豪山ごうざんは振り返った。

 そして、

 いつものように笑った。


「行ってこい」


 その言葉を残して

 豪山ごうざんは消えた。

 光の欠片だけが静かに散る。


 蒼真そうまはそれを見つめたまま立ち尽くす。

 胸の奥が痛い。

 それでも不思議と前を向けた。

 豪山ごうざんに背中を押された気がした。


 蒼真そうまは目を閉じる。

 そして

 大きく息を吐いた。

 刀を構える。

 黒い流れへ向き直る。


 その視界の端で

 結晶の中心に立つつむぎの姿が見えた。

 黒い流れに包まれながらも、どこか穏やかな表情をしている。

 蒼真そうまと目が合う。

 つむぎは小さく微笑んだ気がした。


 次の瞬間

 結晶の中心から淡い光が溢れる。

 光は黒い流れを飲み込みながら広がり――つむぎの姿を覆い隠した。


「紬!」

 蒼真そうまは叫ぶ

 しかし轟音にかき消される。

 伸ばした手も届かない。

 光が弾ける。


 そして…

 そこにいたはずのつむぎの姿は見えなくなっていた。


「うおおおおおお!!」

 蒼真そうまは叫びと共に刀を振るう。

 刀が閃く

 黒い流れが裂ける

 空洞が震える

 結晶が砕け散る

 やがて

 暴れていた流れが静かになった。


 蒼真そうまは肩で息をしながら

 辺りを見回した。


 豪山ごうざんの光は消え。


 黒い流れも消え

 静寂だけが残っている。


 蒼真そうまは荒い息を吐く。


 そこでふと気づく

 さっき見たはずのつむぎの姿がない。


 光に包まれた後、一度も姿を見ていないことに

 胸がざわついた。

 嫌な予感が走る。

 そして、

「……紬?」

 返事はない。


 蒼真そうまは慌てて結晶の中心へ視線を向けた。

 さっきまでいたはずの場所。

 結晶の中心

 そこには誰もいなかった。


 風だけが吹いている。

 蒼真そうまの顔から血の気が引いた。


「紬……?」

 誰も答えない。


 妹の姿は

 どこにもなかった。


第百三話 終

第百三話でした。


「行ってこい」


たった一言ですが、

豪山らしい言葉だった気がします。


背中を押される側から、

背中を押す側へ。


受け継がれていく想いを書いた回でした。


次回もよろしくお願いいたします。

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