第一部 尼子秘帳 八
黒鷹精久郎が行ったのは神田相生町である。
御家人の町だから、刀屋も多い。
瑞竹寺の円仁和尚から聞いたのは、『逗子屋』という刀屋であった。
名が知られており、その名に恥じない研ぎ師を抱えている店であるらしい。
黒鷹精久郎は店に入った。
店の主人が言った。
「いらっしゃいませ」
さすがに刀屋の主人であった。
腰が低い。
年季が入った貫禄がある。
同時に、侍の腰の物を商う迫力をそなえている。
黒鷹精久郎は大刀を差し出した。
「これを研いで貰いたい」
「拝見いたします」
店の主人は、作法通りに刀を抜き、調べた。
「業物でございますな」
鞘へ収める。
「最近、使われました?」
「二人斬った」
「近頃、珍しいことでございます」
「どのくらいかかる?」
「これだけのご立派な刀。
念を入れますので、五日ほど頂戴したいと思いますが」
「分かった。私は……」
「黒鷹様でございましょう?」
「うん? なぜ知っている?」
「実は、昨日、あるお侍様が参りました。
二三日中に、人を斬った刀を研ぎに来る者があるはずだ。
毎日、酉の時に『桔梗楼』で待っていると伝えて欲しい。
とのことでございました」
「その侍が、私の名前を言ったのだな?」
「さようでございます」
「その侍の名前は?」
「会えばわかる、とだけ申されました」
「酉の時か」
黒鷹精久郎は、大刀を腰に戻して、言った。
「研ぎに出すのは、後日にまわそう」




