ヒロイン
「これにて監獄内での戦闘の教練を終える。体力が回復次第ここを出るから、荷物をまとめておいてくれ」
「……分かりました」
シェイラさんに言われた通りに、自分の荷物をまとめる。
俺がこの監獄に投獄されてから一ヶ月が経ち、やっと、やっとのことでこの地獄が終わった。
結局、桃髪には一度も攻撃を与えることが出来なかった。隙を見てシェイラさんに攻撃が届いたことは何度かあったが、やはりあの桃髪は桁違いに化け物だった。
とはいえある程度力も付いて、ここを出所するお許しも頂いたので良しとしよう。というかここから出られるのなら何でもいい。
ちなみに、バーバランさんとはあれ以来一度も話していない。体力を回復させるために寝るとか言っていたので、たぶん今も寝ているんじゃないだろうか。
「よし、ではそろそろここを出るぞ。長くここにいてもしょうがないからな」
「分かりました」
俺は荷物を持って立ち上がり、出口に足を向けた。
◇◆◇◆◇
「日の光がつらい」
シェイラさんの案内に従い、監獄内の階段をひたすら登ると、広い倉庫のような場所に出た。窓から差し掛かる陽の光が眩しすぎる。
「こっちだ」
光を手で遮りながら、更にシェイラさんの後に続く。
回復魔法のお陰で体は回復しているが、それでも精神的な疲れはまだ抜け切っていないのだ。ドーラさんに回復魔法をかけてもらいたいが、残念なことにドーラさんは桃髪と先に帰ってしまった。
ここは我慢するしかない。
そうして、シェイラさんの後に続くこと数分。扉を開け、ギルドのロビーに出た。
ロビー内に屯している冒険者たちが、一斉にこちらを振り向く。
「うっ……」
威圧感する覚えるその光景に、思わず顔を顰めてしまう。
しかし、シェイラさんはそれに気にした様子もなく、堂々と冒険者たちの真ん中を歩いて先へ進んでいく。
もう少しだけでいいから、俺のことも考えてほしい。出所してすぐでこのお出迎えはキツすぎる。
とはいえ、ここで黙って止まっているわけにもいかない。
俺は一度深呼吸をし、胸を張って堂々と歩く。何かあってもシェイラさんが助けてくれると信じて。
「リーダーは今どこにいる?」
シェイラさんが受付の職員さんに問いかける。
「『紅蓮』のアナザ様ですね。たった今アナザ様は先ほどいらっしゃったドーラ様とヴィオラ様と共にどこかへお出かけにいかれましたよ」
「お出かけ? ……そうか、分かった」
受付の返答を聞いて、シェイラさんがこちらを振り返る。
「カカルド、私はリーダーのもとに行くがお前はどうする? もしもここに残るというのなら――」
「とりあえずギルドの外までは付いていきます」
誰がこんな冒険者が密集している場所に一人で残るというのだろうか。自殺行為も甚だしい。
「そうか、では行くぞ」
「はい」
シェイラさんの後に続き、俺も歩き出したところで、受付の職員さんから、思い出したように声がかけられる。
「あっ、カカルド様! そういえばギルド長から伝言がありました」
「ギルド長?」
「はい、なんでも『困ったことがあったら俺に言え。心配なら奴隷を買うのもありだろう』とのことです」
「……はあ、分かりました。教えて頂きありがとうございます」
職員さんに言葉を返し、俺は出口に向かう。シェイラさんの後を追いかけながら考える。
ギルド長には一度も会ったことはないはずだが、まさか俺なんかの身を案じてくれるとは。前に会ったブルースさんといい、やはり優しい方は優しいんだろうな。
……それにしても、奴隷か。前から興味はあったのだが、ここ一ヶ月地獄を体験していてすっかり忘れていた。アナザから貰ったお金もあるし、さっそく今日行ってみてもいいかもしれない。
「シェイラさん、奴隷商館ってどこにあるか分かりますか?」
◇◆◇◆◇
「ここか」
シェイラさんに教えて貰った通り、俺は早速奴隷商館に来ていた。
奴隷商館といえば汚いイメージがあったのだが、外装は普通にきれいで、良い意味で裏切られた感じだ。
さて、そんなことはどうでもいいか。問題は今の俺の手元にあるお金で望みの奴隷が買えるかどうかということだ。
俺は今、金貨十枚と白金貨一枚――白金貨は一枚で百万円の価値があるというのをアナザから聞いた――を持っている。
シェイラさんから聞いた限り、戦闘能力の高い奴隷は一人金貨五枚が相場だと言っていたので、一応お金は多めに持ってきた。
まあ、仮に今持っている分で足りなかったのなら取りに戻ればいいだけの話なのだが。
「……さて、いくか」
意を決して、俺は奴隷商館の中に入る。
すると、すぐに初老の男性が話しかけてきた。
「いらっしゃいませ、お客様。本日はどのような奴隷をお求めでしょう?」
初めての奴隷商館に緊張しながらも、俺は自分の望みの奴隷を伝える。
「戦闘能力の高い奴隷が欲しいです。出来れば、魔法に特化した奴隷でお願いします」
「なるほど、かしこまりました。では、ご用意させますので少々お待ち下さい」
「分かりました」
因みに、俺が魔法といったのには理由がある。それは、奴隷を買った後の対応を考えてのことだ。
例えば、筋肉ムキムキの屈強な奴隷を買ったとして、その奴隷の衣食住にかかる費用は一体誰が払うか。もちろん俺だ。
体が大きければ大きいほど食費はかさむし、何よりこの世界には魔法という、単純な腕力では覆せない強力な存在があるのだ。
それらを考慮すれば、やはり筋力や屈強さというものより魔法の方が何倍も魅力的だろう。
と、そんな事を考えているうちに部屋の中に数人の奴隷が入ってきた。
「お待たせしました。では、一人ずつ紹介させて頂きます。まずこの奴隷は――」
◇◆◇◆◇
「いかがでしょうか」
「……うーん」
そうして、あれから全員の紹介が終わったわけなのだが、なんというか、全くしっくりとこない。実際に扱える魔法も見てみたのだが、これも首を捻らされるものばかりだった。
というか、俺の方がまだ強いのではと思ってしまうほどだ。手っ取り早く、上級のギフトを持っている人でもいればいいのだが、いくら奴隷とはいえ、基本的に他人のギフトなんかは分からないだろうしなぁ。
……一応聞いてみるか。
「すみません、一応お聞きしたいのですが、上級のギフトを持っている奴隷とかっていたりしませんよね?」
「さすがに、上級は――」
と、男性はそこまで言いかけて、ハッとした表情になった。
「――いえ! そういえば一人いました。すぐに連れて参ります」
「あ、本当ですか! お願いします」
心の中で小さくガッツポーズを取る。
マジか、やっぱり何事も言ってみるものだな。聞いて正解だった。因みに、上級のギフトを持っている人間は、一万近く人が集まるこの王都ですら数十やそこらしかいない。
それ程「上級」とは珍しく貴重な存在なのだ。それがまさか奴隷商にいるとは。この際だ、むさ苦しい男だろうがゴブリンだろうが構わない。
そうして俺が胸を高鳴らせて待っていると、後ろから声がかけられた。
「お待たせしました」
「いえ、全然待ってな――」
俺は振り返り、動きが止まる。
そこにいたのは男でもゴブリンでもなく、透き通るまでの白い肌に、対照的な長い黒髪を腰まで伸ばし、同じく黒色の猫耳と尻尾を生やした無表情をした美少女だった。




