黒の一族の行方
「どうだった?」
晩餐会も終わり帰りの馬車の中、エリシャが俺に聞いてきた。
「問題ない。しっかりと尻尾に杭を打ってきた」
それを聞くとエリシャは満足そうに頷いた。両腕を組んでふふんと鼻を鳴らす。
因みに、尻尾に杭を打つとはこの世界の慣用句みたいなもので、意味は弱味を握るという意味だ。最近の俺は社交界に顔を出すようになり、この世界の教養に触れる機会が多くなった。それ故このような言葉を幾つか覚えたのだ。
「エリシャはどうだった?」
「ふふん。問題ないわ。でもちょっと想定外があったわ」
「どんな?」
「土曜会の人間が釣れたのよ」
「土曜会?」
聞き返す俺に、エリシャは土曜会の如何様を説明してくれた。要約すると、彼らはロール人至上主義とのこと。俺は、数百年も昔にアメリカにKKKという白人至上主義者たちがいたことを思い出した。
彼らがKkKと同じことをしているとは考え辛いが――黒の一族は国が管理しており、簡単に手が出せないのだ――、万が一ということもある。慎重に事を進めよう。
「ふと思ったんだが、エリシャの説明を聞くに『土曜会』の構成人数は相当数いるんじゃないか? 恐らく有力な商人や地主にも……」
「ええ、その通りよ。私の推測だけどほとんどの国民が『土曜会』の存在を知っているわ」
「不思議なのは、黒の一族の奴隷を持っている連中にも『土曜会』支持者いるらしいことだな」
「よくわかったわね。実際に第四盟主がそうよ」
こうなると黒の一族の解放は難しい。人間という生き物は催眠にかかりやすい生き物であり、それが集団であればあるほど容易になる傾向がある。黒の一族は悪い奴らだ、という認識が国民全体に広まっているのならば、協力者は得難いと見るべきだろう。
無論、探していくことには変わりないが、プランBも視野にいれておいた方がいいな。
「…………。……どうして、彼らは私たちを生かすのでしょう?」
キキョウがエリシャに問うた。
しかし、それは問いというよりも確認に近かった。自身の受けた屈辱を考えれば、自ずと答えは見えてくる。今の問いはそれを確信するためのものだった。
「……それは――」
エリシャは語尾を濁らせる。しかし、それは逆に――屈辱を与えるため――という言葉を容易に想像させた。
屈辱……俺は人間の尊厳さえ奪うような行為を容認できるはずがない。それは、人間の姿を失った今になってより強く沸き上がってきた。
「だからこそ一刻も早く助けないといけないのよ!」
その通りだ。屈辱を受けるためだけに生かされているなど、あってはならない。異世界だろうが何だろうが、生きる者にはそれ相応の権利がある。親が子に、わたしたちは屈辱される人種なの、と教える世界があっていいのだろうか。いいわけがない!
そこに、ふとある疑問が浮かんだ。
「ん? そういえば、男性の黒の一族は何処にいるんだ? やっぱり、身体能力が高いから力仕事に従事させられているのか?」
「……いえ、そのような話は聞いたことがありません」
「私にもわからないわ」
んん? わからない? どういうことだ? もしかして戦争で全員……いや、それはない。それならばキキョウやカエデが存在している説明が出来ない。混血児という線もあり得るが、それならば体にロール人の特徴を持っているはずだ。それとも、ロール人の遺伝子は劣性遺伝子で、遺伝するときに打ち消されているのか?
「なあ、ちょっと聞きにくいことを聞くけど、キキョウって片親がロール人だったりする?」
「……ええと、あれ? 親? 私の親? あれっ――? あれっ――? 私の親は誰でしょう?」
「いやいや、どういうことだ? まさかわからないのか?」
「いえ、そういうわけではなくてですね……」
キキョウは黙り込んでしまった。
「エリシャは何か知らないか?」
「ごめんなさい。私もそれがわからないの。でも不思議だわ――今までその事について一度も考えたことがなかったのよ? これっておかしな事でしょ?」
「十分おかしい。黒の一族を救うならば、キキョウやカエデの親も救うってことだろ? どうしてその事について考えたことがないんだ?」
「そうよ。おかしいの。全員を解放するって誓ったのにどうしてここに配慮していないのかしら?」
そうだ。これは異常だ。特に、家族想いのエリシャがこのことを忘れてしまっている、ということがその異常さを物語っている。
何故だ? どうして彼女たちは親を知らない? どうして男性の黒の一族を知らない? 俺の知っている奴隷制度とこの世界の奴隷制度はかけ離れているため一概には言えないが、奴隷とて子を産む。その子が育って次世代の奴隷になるはずでは? それがキキョウやカエデといった戦後の奴隷なのでは?
「じゃあ、兄弟は? 姉妹はいないのか?」
「いえ、私には兄弟も姉妹もいません。それは確かです」
一人っ子だと……? 奴隷は労働力としてその価値を認められるはず――! 例え労働力が被屈辱者に置き換わってもそれは変わらない――! だとするならば、一人っ子よりも大勢産ませて多くを屈辱した方が、ロール人にとってもよりよいはずでは……?
「これ……本格的にヤバくないか? 奴隷だとしても兄弟姉妹、ましてや親を知らないって……まともな国ならこんなことにはならない」
「そうよ、この国はおかしいの。だから私と父さんはそれに異議を唱えたんだけど――それは見事に潰された。彼らは人間だって唱えて殺されたのよ」
「これを糺すには『土曜会』をどうにかするしかない……わけだな?」
「そうね、『土曜会』を潰して情報を聞き出さないと始まらないわ」
「体が幾つあっても足りる気がしない」
「ネモなら余裕じゃない?」
「まあな」
しかし、気になるのは『土曜会』でありながら黒の一族の奴隷を持っている貴族たちの人数だ。そこで、俺は窓を開けて、御者のカエデに聞いてみる。
「カエデ、黒の一族は晩餐会に何人いた?」
「ええっと――一、二、三……十一、十二……二十三、二十四、二十五! 二十五人いたよ!」
「彼らの所有者の何人が『土曜会』に所属しているのかを確かめないとな」
はああ、やることが多すぎる。こうなったら分身体を作らないと――! 本当は精密操作が難しいからあまりやりたくはないけれど、そうも言ってはいられない。武力での解決も視野に入れ、早急にダンジョンで物資を整えなければならない。
特にキキョウが言っていたように、親を知らないのは幾らなんでもおかしい。これには何か裏があるに違いない。それを調べるにはキキョウとカエデの身の安全を固めねばなるまい。もしもは起こってからでは遅いのだ
「となると――」
「ダンジョン攻略を早めた方がよさそうね」
と、俺の思考を読んだかのようにエリシャが重ねてきた。
「ネモ――! キキョウちゃん――! カエデちゃん――! 来週、ダンジョン攻略に行くわよ!」




