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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
三章 貴族社会のあれやこれ
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会談は時に怪談となる

 カプト・スタートルビー大公爵は晩餐会が落ち着いてきた頃合いを見計らい、モンテローネ伯爵に声をかけた。とはいえども、伯爵の周りには入る隙間もないほどの人だかりが出来ており、大公が半ば無理矢理連れ出したといってもいい。

 何とも腹立たしいことに、それを追い払うときの冷たい視線ときたら……。大公のでっぷりとした腹がふつふつと煮立ってきた。


「こんばんわ伯爵。今宵はどうですかな?」


「ええ、とても楽しませてもらっていますよ。皆いい人ばかりです」


「それにしても大変な人気ですな。誰か持ち帰るので?」


「ははは、私は一応既婚者ですよ? 妻は亡くしましたが、心は今も変わりません。それに、娘もいるのにそのような不貞が出来ますか?」


「それもそうですな。これはつまらぬことを聞いてしまった。どうか許して欲しい」


「言われずとも」


「ここで話すのもなんだ、静かな場所へ行かないかね?」


 すうっと、大公の目が細められた。


「勿論です。私も元来、人と話すときは静かなところが好きですので」


 伯爵もニヤリと笑った。

 二人は大公の書斎へ移動した。広間を出る直前、多くの女性が大公へ文句を言っていた。伯爵は苦笑いし、言われている本人は青筋を立てながらも無視をした。

 書斎には様々な本が所狭しと本棚に詰め込まれている。そのほとんどはダンジョンに関する記録書とダンジョンからもたらされた書物の複写だった。大公は召し使いに命じてワインを用意させ、部屋の中央に置かれた膝丈ほどの机に並べた。

 伯爵が机に並べられた一人掛けのソファに座ると、その後ろに彼の付き人である黒の一族が静かに立った。今日はカエデではないらしい。十五歳くらいの綺麗な少女だった。

 大公は内心舌打ちしながらも、それをおくびにも出さず、伯爵の向かいに座った。その後ろには屈強な付き人が二人控えている。


「素晴らしい書斎ですね。これは全部ダンジョンの……?」


「うむ、主に黒の一族の資料が大半だ」


「仕事の資料というわけですね?」


「そうだ、昔から我が家が集めた膨大な記録書だ。我が第四同盟の仕事は黒の一族の管理だからな」


 四つの同盟はそれぞれ四つの仕事を司っている。第一同盟が各所の道路や公共施設の建設。第二同盟が国内の治安維持と刑の執行。第三同盟が軍事を担当し、第四同盟が黒の一族の管理をつかさどっている。最早、同盟は本来の形を失っていると言ってもいい。

 大公は伯爵の後ろに控える黒の一族を横目で眺めた。少女は両手を前で合わせて静かに目を瞑っている。彼のことなど眼中にはないらしい。それが彼を腹立たせた。

 両手を縛り付けて服従させたい。伯爵の見ている前で犯してやりたい。その細い首を締め上げたい。伯爵の死体を見せてみたい。

 大公の心に、粘り気のあるどす黒い靄がかかり始めた。両目が落ち窪み、丸々とした頬と対称的に亡霊じみた妖気が漂い始める。伯爵はそれに気が付いていないのか置かれたワインを一口含んだ。


「とても美味しい赤ワインです。これは東のグレタ領の十年物ですね?」


「……そうだ。素晴らしい舌を持っているようだな」


「それで大公。話とは何でしょう?」


「とぼけるな。伯爵もわかっているだろう?」


「ええ、まあ。了見は心得ているつもりです」


「ならば話は早い。カエデを私に売れ」


「いくらでしょうか?」


 伯爵はもう一度ワインを口に含んだ。


「金貨五百枚」


「……」


「どうだ? 破格だろう? たった一人の黒の一族にこんな大金を積む貴族が他にいるか?」


「……」


 伯爵はワイングラスを揺らした。彼の柔和な表情は崩れない。鷹のような鋭い目も変わらない。心の底からワインの味を楽しんでいるように見える。これには大公も怒らずにはいられない。熱く鼻息を荒げると、右手の薬指でで机をとんとんとんと叩いた。


「聞いているのかね? 私は金貨五――」


「金貨十万枚……だったら考えてあげましょう」


 ブツンッ!

 大公の頭の奥で何かが切れる音が聞こえた。

 金貨十万枚とはこの国の貴族全員の財産を集めても足りるかどうか分からない金額だ。とても奴隷一人にかける金額ではない。大公の全財産が金貨二千枚弱だということを踏まえると、どれだけ法外な値段を言っているのかがわかる。


「この若造がっ……!」


 大公は自身のワイングラスを掴むと中身を伯爵にぶちまけた。伯爵の白いシャツが赤く染まる。それでも伯爵はその表情を崩さなかった。流石の大公も後退った。

 何なのだこの男は、まるで面と対峙しているようだ、と歯噛みする大公は再び黒の一族の少女を見た。やはり彼女は微動だにせず、目を瞑った先程のままの状態で立っていた。

 大公は深呼吸をした。


「……私はお前にお願いしているのではない。これは命令だ。金貨十枚でカエデを売れ。そうすれば命だけは助けてやる。お前が何処の風来坊かは知らんが、この話には乗っておくべきだ」


「…………」


「そもそも、私は初めからお前のことは怪しいと思っていた! モンテローネ(聖なるローネ山)伯爵だとぉ? 馬鹿にするな! 何処ぞの成金風情がこの私に楯突きおって――! 私を脅す!? ふざけるな! カエデは私の所有物だ! 元々あの糞餓鬼は八歳の時に私が買い取ったものだ! 元の所有者に戻って何が悪い!」


「…………黒の一族の売買は対象が十歳以上でないといけないのでは?」


「私にかかれば抜け穴を突くくらい何てことはないのだよ。何せその法律を制定したのは私だからな……さあ! 私の気は長くない。もう一度聞いたときハイと言わなかったらお前の命はないと思え」


 大公の後ろに控えていた二人の付き人が何処からか短刀を取り出し、ゆっくりと伯爵の横についた。ここにきてようやく伯爵の表情に変化があった。彼は大きく溜め息を吐くと、金属で出来た手のひらサイズの棒のようなものを机の上に置いた。

 一体何をしているのだろうか? この金属棒を置いた意味は? 大公の頭は瞬間的にこれらの答えを導いた。

 ただし、それが正解とは限らない。


「命乞いか? こんな棒切れで私を満足させることが出来ると?」


「命乞いではありませんよ。因みに、これはペンでもありません」


「………………?」


「実はこれ、音声を記録できる魔道具なのです」


 伯爵はさも当たり前かのように言ってのけた。左右の付き人にも動じず、ジッと大公の目を見て離さない。

 大公は一瞬伯爵が何を言っているのか理解できなかった。音声を記録したところでどうなるのか、それが理解できなかった。というのも、大公は口では取引を装っているものの、端から伯爵を暗殺するつもりだったからだ。どうせ殺すのだから遊んでやろう。そのような嗜虐心があった。

 であるからして、伯爵が魔道具に手を伸ばし、何かのスイッチを押したのを、大公は黙って見ていることしかできなかった。彼がそれまでの柔和な笑みとは違う、冷やかな笑みを浮かべる。

 その棒切れが唐突に喋り始めた。いや、これは正確ではない。魔道具から音声が流れ始めた。それは先程交わした会話と一字一句違わず、大公と伯爵との会話であった。


「……それが何になる?」


「これが私のカードの一つです」


「……何のカードだ?」


「あなたを屈服させるためのカードです」


「ふざけるなよ成金貴族風情がッ! お前たちそいつを殺せ――!」


 その巨体に似合わず、目にも止まらぬ速さで、左右の屈強な男たちは伯爵に詰め寄ると、一人が首を掻き切りもう一人が心臓に短剣を突き立てた。

 ぱっくりと切り裂かれた首と深々と突き刺さる短剣。誰がどう見ても致命傷だ。だくだくと溢れ出す赤い血液が赤ワインを塗り潰し、それは止まることなくソファに染み込む。ソファが吸いきれなくなった血液が大理石の床にぽたりと垂れた。


「がははは、小手先の小細工なんかが私に通じるはずがない。見ろ! この哀れな様を! 私を脅そうとした罰だ! 罰が下ったんだ! モンテローネにおわすデュラン様の名を騙る逆賊めを討ち滅ぼした私に神は微笑んだのだ!」


 大公は黒の一族を見た。彼女は依然として直立したままであった。言い知れぬ悪寒が大公を襲い、脳内で激しくこれから彼女にしようとしていることを警告する。しかし、大公は(たかぶ)った感情を留めることが出来なかった。


「おい女! こっちに来い。そして服を脱げ。私を鎮めろ」


 大公が黒の一族の腕を乱暴に掴む。


「それと、お前たちはこの死体を片付けておけ。いいな?」


「「…………」」


 付き人からの返事はない。おまけに掴んだ腕をいくら引っ張っても彼女が動くことはない。


「おい……! 返事はどうした?」


「……既に手遅れのようですね」


「何――?」


 初めて彼女が口を開いた。大公が真っ黒なその瞳をまじまじと見つめる。その瞳は何もかもを吸い込む魔眼であった。慌てて振り返ると、伯爵の横に倒れ伏している二人の付き人の姿があった。

 皮膚が異常に膨張し、全身水ぶくれのようになった二人は一目で死んでいることがわかった。理由は分からないが、指と顔が文字通り砕けている。それはさながら割れたザクロに良く似ていた。


「ふふふ、ふふ、ふふふ――」


 不意に黒の一族が笑い出した。大公はすっかり肝を潰してしまい、何度も唾を飲み込み喉を濡らすと(ども)りながら、


「な、何を、笑っている? な、何が、お、おかしい!?」


 と叫んだ。大公の目には彼女が人を食う精霊に見えたことだろう。恐怖を嘲笑う悪魔のような笑い声は大公の臓腑を芯から震わせた。

 いつの間にか、掴んでいたはずの彼女の腕は大公の手を離れ、ゆっくりとした足取りで伯爵のいる席へ向かっている。


「わかりませんか? この笑いが……。この笑いは勝利の笑みですよ――ほら……さっき大公も笑っていたでありませんか――」


「……勝利――? 何のことだ……? 誰が……誰に勝ったと言うんだ!?」


「簡単な話ですよ。至極簡単でつまらない話です。ネモ様が、あなたに勝ったということです」


「伯爵が――!? 何を言う! 彼は死んでいるではないか! その首の傷も胸の短剣も致命傷だ! 助かりようがない!」


「それはどうでしょうか?」


「……何だと――?」


 彼女は伯爵の首を両手で隠した。暫くそうしていたかと思うと、その手を離した。首の傷が跡形もなく消えていた。そのまま彼女は胸の短剣を掴むと、一息に抜き去った。剣先に付いた血液が大公の頬にピチャリと跳ねた。

 飛び散る血液は何処か黒く、今しがた死んだとは思えないほど色が濁っている。途端、その血液が動き出した。床に落ちた血液が足を伝い、ソファに染み込んだものはじわりと浮き上がる。そして、それは伯爵の胸まで上ってくると胸の傷に吸い込まれていった。


「ば、バケモノ――――!」


 貴族の特性と言えようか――次に取った大公の行動は非常に迅速で思わず惚れ惚れするほどであった。

 大公は逃げ出した。

 ここが自分の部屋だということを忘れ、駆けていく姿は小さな小鹿そのものである。血の気の失せた真っ白な顔でドアノブを握り絞める。そして――――!

 ドアが開くことはなかった。誰が押さえつけているのでもない。鍵がかかっているわけでもない。つっかえている物があるわけでもない。

 金具がひしゃげた? 蝶番(ちょうつがい)が壊れた? ドアノブがイカれた?

 ドクン――ドクン――ドクン。

 何れも正解ではない。

 黒の一族が魔術を使った? 伯爵がドアに細工をした? 

 ドクン――ドクン――ドクン――。

 何れも正解ではない。

 違う――! どれも違う。これは。これは――!


「正解ですよ大公。私が動けないようにしているのです。素晴らしい洞察力ですね」


 後ろを振り返ると、そこには無傷の伯爵が優雅にもワイングラスを片手に足を組んで座っていた。その後ろには黒の一族の彼女もいる。


「そんな所にいるのも何ですし、こちらに座ったらどうですか? この書斎は大公のものなのですから」


「…………」


「座りたくないのですか? 仕方がありませんね。では、こちらに来てもらえませんか?」


 伯爵が指をパチンと鳴らすと不思議なことが起こった。ドアに張り付いて動こうとしなかった大公の体が勢いよくドアから離れたのだ。

 これに一番驚いていたのは当の大公であった。動いたのは自身だというのに何が起きたのか分かっていない様子である。


「伯爵! 一体私の体に何をした? 何故私の体が勝手に動く?」


「どうせ言ってもわかってもらえないので説明はしません」


「私はこんな魔術を知らない! まさか魔法か!?」


「そう思ってくれて構いません」


 一歩ずつ確実に伯爵の方へ歩いて行き、遂に向かいに着席した。大公は生きた心地がしないだろう。殺しても死なない男に未知の魔術、彼の寿命は十年以上縮まったと見てもいい。

 血走った目をギラギラと、乾いた唇を頻りに舐める大公はとても第四同盟の盟主には見えなかった。


「さて、これで私のことが少し分かっていただけたようですので、本題に移りましょうか?」


「――本題?」


「はい――黒の一族のことで少し話し合いをしましょうか」


 ――――――――。

 ――――――。

 ――――。

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