連合国憲兵団団長補佐フィロ・フォーカス
晩餐会の前日の議会にて――。
「先日、亡き父の後を継ぎ、当主となった連合国憲兵団団長補佐のフィロ・フォーカスと申します。爵位は男爵で御座います。本日はローネリアの犯罪件数の報告をさせてもらいます。まずは先に頒布した資料をご覧ください。こちらの図表一にはここ一ヶ月のローネリアに於ける犯罪件数を表したものです。全体の犯罪件数が一万四千十二件、その中で凶悪犯罪は三割を占めます」
遠くの方、つまり第四盟主率いる第四派の方から野次が上がる。
「憲兵の増員はもう出来ないぞ! 一体いくら食い潰せば済むと言うんだ!」
「一日あたり四百五十件以上も犯罪が横行しているのですか。憲兵は本当に働いているのですか?」
「職務怠慢ではないのかね?」
憲兵団は先々代第二盟主主導で設置された組織であり、首都ローネリアの治安を始め、各国の治安維持に貢献している。今の貴族たちが私兵に費やすお金が少ないのも彼らによるものが大きいのだが、それを顧みるものは少ない。
なかんずく、第四派の声は大きく聞こえた。
「次に図表二のグラフをご覧ください。こちらは先月のものになります。全体の犯罪件数が一万九千六百八件、その中で凶悪犯罪は全体の四割でした。この二つを比べれば分かる通り、この一月で五千件もの犯罪が減少しています」
「ふん! いつもこれくらいやればいいのだ!」
「久しぶりに仕事をしたからといって鼻を高くしないことですね」
「次も続けられないと意味がないぞ」
「この結果を見れば分かる通り、前回の議会で可決された憲兵の増員が効を奏したものだと言うことがわかります。よってこの度、我々連合国憲兵団は来月末日までに団員の増員を要求するものとします。巡回の憲兵と派出所の増員、増設することで犯罪を抑止しより良い首都を目指す一憲兵としてこれを希求します!」
フィロは力強く言い切ると、静かに着席した。
齢二十三歳の若輩貴族である。彼の所領であるフォーカス領は、数ヵ月前の魔族襲来により館に甚大な被害を被り父が死亡し、私兵の六割の壊滅、行方不明者若干名を出した。その処理の一切を受け持ち、今は憲兵団へ入団し、団長補佐として日々館の復興と職務に尽力していた。
一見すると素晴らしく模範的な貴族に見えるが、それはこの数ヵ月の多忙により遊ぶ暇がなかったからである。元々、彼は放浪癖があり何処かで女性を作っては遊ぶプレイボーイであった。それはクリーヴァル家の令嬢とお見合いをしても変わらなかった。
しかし、彼の心のうちには暑く滾る正義の心があった。魔族襲来後、明らかになった父の不正の数々をフィロはその正義の心を以てして断罪し、父の墓を作らなかったのだ。クリーヴァル嬢と結婚した後は、女遊びもなくなった。
そのようなフィロは、着席後酷く不愉快そうな顔をしていた。原因は第四派の野次……ではなく、事実を公表させてくれない団長にあった。フィロが小声で団長に耳打ちをする。
「どうして事実を公表しないんです?」
「そんなことをしてみろ。また無能呼ばわりされるぞ」
「ですが、事実は事実です。正しいことをすべきでは?」
「フィロ補佐官。君の熱意は認める。だが、それは正しい立ち回りではない」
団長は若干辟易した様子で言った。
「何故です?」
「確かに犯罪件数が減っていることはいいことだ。治安もよくなるし、悪党どもにビクビクしながら歩く必要もない。何より私たちの仕事が減る。だがな、その原因が分からないってんじゃあ話は別だ。先月と今月で変わったことは何だ? 答えてみろ、補佐官」
「そりゃあもう。犯罪件数が減りました」
「その通りだ。俺が学校の先生なら百点満点をあげよう」
「ここは学校じゃありませんよ?」
「そんなのは知っている! 私が言いたいのはな、それしか変わっていないということだ! 先月、私が増員を命令したか? 巡回の強化を命令したか?」
「……いいえ、していません」
そうなのだ。憲兵団は先月も今月も増員や巡回の強化は行っていない。それなのに犯罪件数だけが減っている。これを憲兵団の働きと両手を上げて喜ぶのは、コウノトリやお花畑をを信じている無垢な乙女だけでいい。そうでないものはこうして両手を組んで首を捻るべきである。
フィロも馬鹿ではない。父の不正を断罪するような決断力を有している。しかし、それは空回りすることも多い。無論、団長はフィロの熱意を認めているし、そのポテンシャルの高さも評価している。それだけに、彼の正義を抑制しなければならない苦労を背負っていた。
そういう意味でフィロよりも、団長の方が不愉快な顔をしていた。
つまるところ、今月の急激な犯罪件数の低下は原因不明なのだ。誰かが影で抑制しているのか、はたまた悪党どもが何かをやらかすために準備をしているだけなのか、団長の胃はそれを見極められず、キリキリと痛んだ。
こういうときに、団長はフィロが羨ましくなる。フィロの純粋な正義の心が眩しく見える。誰の目も既にせず悪党の断罪が出来たらどんなにいいことか。この国の治安は遥かに良くなるだろう。
だが、それが出来ないことは団長が一番知っている。それをしようものなら悪党どもと癒着している貴族たちから何をされるかわかったものではない。妻や子供を人質に取られるかもしれない。殺されるかもしれない。
団長は賢い決断をした。誰もが喜ぶ決断をした。
若輩者のフィロはそれを知らなかった。であるからして、団長を意気地無しだと思っており、確かに有能ではあるが、心から信用はしていなかった。今日も団長の説教に、フィロは逆に正義感を滾らせた。
とはいえ、フィロもこの謎を軽視していた訳ではない。フィロは決断できる男なのだ。その点団長よりも優秀であるといえよう。フィロはこの不可解な減少を、とうに嵐の前の静けさだと見抜いていた。そして、独自に調査を開始していた。これは団長も知らない極秘事項だった。いや、独断専行と言うべきか。
故に議会が終わった後一人で歩いているとき、モンテローネ伯爵に声を掛けられたときは甚だ驚いた。
「やあ、フィロ君。私もこれは嵐の前の静けさだと思っているんだ。ただ、貧民窟に潜入するのはお勧めしないな。わざわざ、蜂の巣をつつきにいくことはないだろう?」
「は、伯爵!? どうしてそれを!? ハッ!? な、何の話ですか?」
「いやいや、隠さなくてもいいよ。私も実は気になっていてね。大変なことが起こる前に突き止めてみたいんだ」
「ダメですよ! 伯爵はこの国の貴族ではないのですから、あまりご勝手に動かれるのは……」
「ならば、私は君の後をつけていこう」
「それもダメです」
「私が何処へ行こうと勝手では?」
「しかし……!」
「今日は貧民窟へ行ってみようか。ん? フィロ君も行くのかね? 奇遇だなあ! よし、それじゃあ一緒に行こうじゃないか!」
伯爵はフィロの肩を抱くと、優雅に歩き出した。
「どうして僕のしていることがわかったんですか?」
「ん? 簡単な話さ。つい昨日、家の使用人が貧民窟に入る顔の小綺麗な乞食を見たって言うんだ。背格好は大体君と同じくらいで、右目に泣き黒子がある若い男だとね。顔の綺麗な乞食なんているはずないから、外部の潜入者かと思っていたら、丁度、議会で右目に泣き黒子のある君が発言しているじゃないか。遠くから遠眼鏡で見ていて正義感のある好青年だということもわかった。真っ直ぐな言い分も気に入った。だから君じゃないかと思ったんだ」
「ですが、声は聞こえないでしょう?」
「私は読唇術が得意でね。議会ではよく話を盗み見ているんだ」
「なるほど……」
それまで、フィロは伯爵の噂を何度か聞いていた。スタートルビー夫人の命を救った勇敢なお人だとか、類い稀なる美貌の持ち主で、とても中年貴族には見えないだとか、その娘のエリシャ嬢と旅をしているだとか……。
半ば伯爵のことを疑っていたフィロは、実際接してみて息を巻いた。美貌何てものじゃあない。伯爵の佇まいは覇王と呼ぶべき威光があった。
中年だというのに、芯まで真っ赤な髪の毛。鷹のような鋭い目でありながら、柔らかい物腰。そして、一瞬でフィロのしようとしていることを見抜いた洞察力。これほどの大物ならば、昔から名前を聞いていてもおかしくはないが、フィロは皆目聞いたことはなかった。
「では、行こうか」
「いやいやいや! ちょっと待ってください! そう勝手なことをしてもらっては困ります! 私はあくまで仕事の一貫で……! 遊びではないのですよ? 伯爵」
「勝手なことをしているのは君も同じでは? あの団長が潜入捜査を認めるとは思えないのだがね」
「ぐうっ!」
フィロは二の句が継げず唸ることしか出来なかった。
「だが、君がそう言うのであれば仕方がない。君はこの道のプロなのだろう? だから君の言うことに従おう」
「わかってくれましたか!」
「勿論だ。団長にも君の働きぶりをちゃんと報告してあげよう。無給なのは辛いだろう?」
「…………っ! ああもう! わかりましたよ、一緒に行きましょう! 丁度僕も人手がほしかった所なんです!」
「ならば行こう! 私が君の仕事を手伝ってあげよう」
「……あ、ありがとうございます」
「礼には及ばないよ」
「今のは皮肉です!」
こうして奇妙なコンビが出来上がった。二人は一度屋敷に戻り身支度と昼食を取った後、夕方の鐘の音が鳴る頃に貧民窟の入り口で落ち合った。乞食の格好に変装した二人は暗い貧民窟に消えていった。




