表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
三章 貴族社会のあれやこれ
64/72

強者のアキレス腱は以外に脆い

 皆が寝静まった夜更け、俺は自室の窓辺に置いてある椅子に座っていた。

 ――改めて聞くが、心身分離症候群とは何だ?


『はい、心身分離症候群とは私を開発した科学者たちが予想した症候群であり、これが始めての観測例になります』


 ――初めてということは特効薬とかはないんだな?


『その通りです』


 ――治療の目処は立っているのか?


『いえ、明確なものは立っていません。しかし、定期的なカウンセリングと精神安定剤の服用で症状を和らげることが期待できます』


 ――これは精神疾患の一種か?


『この体は肉体的な病気には一切なりませんので、その認識で正しいかと』


 ――今の病状はどのくらい進んでいる?


『初めて観測される症例ですので明確なことは言えません。しかし、言動の分析から推測しカウンセリングと精神安定剤の服用を定期的に行ったのなら一年は持つでしょう』


 ――精神安定剤なんてあるのか? それと、症状が進むと自分が自分じゃなくなるとはどういうことだ?


『精神安定剤の代わりとなるものはいくつかありますが、一番はお茶でしょう。確認されるであろう症状には、立ってられないほどの恐怖感、倦怠感、幻痛、そして記憶の喪失などが予想されています』


 ――やばいな。


『…………』


 ――俺の深層記憶の走査を中止すれば症状は和らぐか?


『微々たるものでしょう。この症候群は一度でも症状が現れると進行を止めるのは非常に困難なのです。それと、今言わせてもらいますが、マスターがこの症状を私に報告した直後から、私の独断で深層記憶の走査を一時中断しております』


 ――それはありがとう。寿命を超越したと思ったんだがな……寿命よりも先に精神がやられるとは思ってもみなかった。


『お悔やみ申し上げます』


 ――学者連中は俺を実験台にしたということか……。


『一つだけ言わせてもらえれば、この症候群はあくまで理論上のものでしたので、存在すら確認されておらず……騙したというわけではありません。もしかしたら発病するかもとは考えていたでしょうが……』


 ――違いがあるか! 畢竟(ひっきょう)俺は学者たちのモルモットだったわけだ! お前も俺の症状を記録して何処かへ送っていたじゃないか?


『私の通信機能はナノロボット同士のやり取りしか行えません。外部へ情報を伝達するには強度が不十分です。加えて、この世界に来たとき確認した際にはこの世界にはおよそ電波を発する人工物は存在しませんでした』


 ――黙って死ねと?


『お言葉ですが死ぬわけでは御座いません。記憶を喪失するだけでマスターは存在し続けます』


 ――肉体がない今、記憶だけが俺のすべてだ。もし、肉体の不老不死が出来たのならそれくらい甘んじて受け入れるが、そうでないのなら記憶こそが俺の命になるんだ。記憶にしか俺がいないのに喪失してしまったらどうやって俺は俺であると証明できる?


『申し訳御座いません』


 ――こっちも悪かった。お前に悪気がないのは知ってる。言い過ぎた。


『滅相も御座いません! 私が人の気持ちをわからないばっかりに……マスターのお気持ちを害してしまい申し訳御座いません』


 ――なあ……ふと思ったんだが、俺の存在は俺の記憶にしかいない。だったら俺の記憶を何処かの媒体に保存できないだろうか? そうしたならば、俺の記憶が無くなってもそれをインストールすることで記憶の完全な喪失は防げないか?


『確かに防げます。私に命じて記憶を無くした瞬間にバックアップを展開することは可能でしょう。しかし、そのためには設備が足りません。人の記憶というものは繊細なものです。ハサミで豆腐を掴むくらい難しいものなのです。そのようなものを……とても出来ません』


 ――じゃあ、ダンジョンを探索してその設備を見つけないか?


『その案には疑問点が幾つかあります。その設備がどのダンジョンに眠っているのか、或いはそもそも財宝にその設備があるかどうかもわかりません。第三次ダンジョン群は絶対的に調査不足ですので、そうしている間にも――』


 ――記憶がなくなる……この事はエリシャやキキョウ、カエデに言っておいた方がいいか?


『いえ……しかし、ダンジョンですか……考えていませんでした……もしかしたら諦めるのは少し早いかもしれませんね――そもそもマスターはこの症候群が発病した原因をご存じですか?』


 ――詳しくは知らない。だけれど、大体は察している。あれだ、俺の深層記憶にお前を入れてしまったことが原因だろう?


『はい、その通りです。深層記憶とは所謂、普段は忘れていてもあることをきっかけに思い出す記憶のことです。例えば夢などが上げられます。時々覚えていてもそのほとんどは忘れてしまっており、自身が思い出そうとしてもまず無理です』


 ――何が言いたい?


『デジャビュもその一例です。既視感とは深層記憶に既にある記憶を表層記憶がもう一度記憶しようとして起こるのです。反対にジャメビュとは表層記憶にあった記憶が不意に深層記憶に埋もれてしまったときに起こります』


 ――だから何が言いたいんだ?


『私が言いたいのは、マスターの本当の姿を見つけることこそが、この症候群を治す治療法だということです――そして深層記憶を表層記憶に持ち上げる一番の方法は沢山のデジャビュを経験することです。よく考えてみてください。マスターが自身を見失いそうなのは、本来の姿を深層記憶に沈めてしまったからに他なりません。それ故マスターは私に危険な深層記憶の走査をさせました。しかし、深層記憶の走査とは深層記憶の汚染と同義。結果こうして苦しんでいます』


 ――デジャビュの経験って言ったって何処で……。


『そこで、ダンジョン探索なのです。エリシャ様の話によると、第一次、第二次ダンジョン群の財宝は、この世界の技術ではない、異世界の技術や道具であることが多いようです。ということは、マスターと私が目覚めた第三次ダンジョン群の財宝は私たちの世界の技術である可能性が高いとは思いませんか?』


 ――確かに手っ取り早く治療するにはそれが一番良さそうだ。


『その通りです。ですから、沢山のダンジョンから元の世界の残り香を見つけ出し、マスターの深層記憶を刺激するのです。そうすれば、マスターは元の姿を思いだし、同時に自己を肯定できるでしょう』


 ――自分探しの旅ってことか。だが、どのみち記憶を失う前に見つけなければヤバイことに変わりない。ならば、のんびりしてはいられないな。多少乱暴なやり方も使ってでもデジャビュを見つけなければ。


『悠長に議会の終わりまで待っていられませんね』


 ――そうだな。今度の土曜日のパーティーが肝になる。あそこで第四盟主に首輪をかけて手綱を握り、黒の一族たちに拘束力を弱めてもらおう。

 気が付くと空が白み始めていた。昨晩の冷え込んだ空気のせいで、一帯に薄い霧がかかっている。薄桃色に焼けた空に向かって飛ぶ数羽の鳥が、朝を告げるが如く窓を斜めに横切った。

 俺は窓を開け、湿っぽい空気を一杯に吸い込み、背伸びをした。

 今日は晴れそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 お読み頂きありがとうございます。感想などを頂けると嬉しいです。
 
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ