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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
三章 貴族社会のあれやこれ
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アフタヌーンの反省会

 俺とカエデが屋敷に戻ってくると既にエリシャとキキョウは居間で寛いでいた。エリシャは特大のソファに横になり、キキョウに膝枕までしてもらっている。貴族の令嬢としてはあるまじき姿だが、いちいち言うことではないだろう、と判断し向かいのソファに腰掛けた。カエデは俺の膝の上に座った。


「そちらはどうでしたか?」


 キキョウが問うた。何故エリシャの頭を撫でているのかはよくわからない。だが、エリシャの顔を見るに機嫌が悪いことがわかった。


「俺の方は順調だよ。計画の一歩目はバッチリだ。そっちはどうだった……って聞かなくても何となく察したよ」


「はい……ですが、失敗したわけではないですよ」


「どういうこと?」


「それは――」


 キキョウが今日の出来事を簡潔に話してくれた。その間、エリシャはぶーぶーと頬を膨らませてキキョウの太股に顔を埋めていた。自分で説明する気はないらしい。


「成る程ね。悪い奴を探す――か」


「はい。最初の計画とは大幅に異なりますが大丈夫ですか?」


「大丈夫も何も、俺はエリシャのしたいことを全力でサポートするだけだよ。だから、エリシャがそう決めたのなら調整するのが俺の役目。幸い、第四盟主の派閥あたりに焦点を絞ればリカバリーは利きそうだね」


「だって皆酷いんだから! こんなに可愛いキキョウを当然のように部屋の外に追い出そうとするんだよ! ありえない! でも、皆嫌がらせとか差別関係なしに怖がっているから怒るに怒れなくて……だから、そんなことを吹き込んだ悪い奴を倒すのよ!」


「倒すとは?」


「殺すことも辞さないということよ」


 その言葉を言うときだけエリシャは真面目な顔になった。しかし、すぐにまた頬を膨らませキキョウの太股に顔を埋めた。キキョウが顔を赤らめ、俺に助けを求めているが、俺も膝にカエデを抱えているので動こうにも動けない。お互い苦笑いをすると、無言で溜め息を吐いた。

 とはいえ、殺す――か。俺と出会ったばかりの頃のエリシャなら絶対に言わない言葉だな。俺はエリシャの性格を変えた数々の要因を一つ一つ思い出してみた。

 今更ながらあの頃のエリシャに戻せないかと思案してみる。俺との出会い。これがすべての発端だ。俺がエリシャをダンジョンで見つけていなければ、そもそもエリシャは生きていない。彼女の人生の分岐点を一つ挙げるならば、絶対的にここになるだろう。

 それを鑑みると、エリシャをあの頃に戻すことは不可能だと結論せざるを得ない。しかし、悲しいかと問われれば、それも違うと断言出来る。俺の頭の中を二人のエリシャが交錯した。

 誰かが俺に、どちらのエリシャがいいかと問うたなら、俺は答えを出すことが出来るだろうか。そのとき、俺は安直にどちらもいいと答えはしまいか。明確にこっちのエリシャがいいと答えられるだろうか。ぽたりと背中に冷や水が垂れた気がした。

 加えて――俺の変化はどうなんだ? 俺はこの世界で半年程暮らしているが――いや、違うな。ダンジョンでの生活も含めれば四年と半年か。兎に角、俺は今も変わらず俺でいられ続けているだろうか。実は既に機巧核に思考を操作されて、俺らしさを失っていたりして……。

 いやいやまさか……SFじゃあるまいし……だが、それを否定する証拠もない。論拠もない。昔の偉い人が『我思う。故に我あり』という言葉で自己の存在を証明したが、それは『思う』主体が純粋な『私』だから出来ることであって、『俺』のような不純物ではそれを適用出来ないのではないか?

 俺の自己は今も消えている最中……いや、消え去った後なのではないか? だから、AIがエリシャを一つの符号として包括的に捉え、二人のエリシャの優劣をつけられずにいるのではないか? 俺は無い筈の心臓を掴まれるような奇妙な感覚に囚われた。

 怖い。

 己を失い、零と一だけの世界に取り残されるのが怖い。

 隣に立つ人の感情を、常に過去の状況と照らし合わせる自身が怖い。

 ヴーンと頭の奥の球体が震えた。


「…………」


「……ネモ!」


「ん? どうしたの?」


「どうしたのじゃないわよ! さっきから呼んでるのにどうして無視するのよ!」


「ごめんごめん。考え事をしてた」


「まったく。ネモはそういうところあるわよね」


 ぷりぷりとご立腹なエリシャ。


「ええと、それで何の話だったっけ?」


「ダンジョン攻略に行こうって話よ」


「へえ、ダンジョン攻略ねえ」


 そういえば、一度ダンジョン攻略ギルドなる所に所属する人間と手合わせをしたことがあったな。そのとき魔術師の戦い方を初めて見たっけ。ここ数ヵ月は忙しかったから懐かしい感じがする……ん? 


「ダンジョン攻略ぅ!?」


「ええそうよ! 私は考えたの。悪い奴を殺すには、まず情報が必要よ。誰が悪くて誰が悪くないか――それを見極める力がいるの」


「だとしたらどうやってダンジョン攻略と情報収集が結び付くんだよ!」


 俺は思わず前に乗り出した。そのせいでカエデがくの字に体を曲げ、且つ俺の腕にお腹をホールドされているので、ばたばたと手を動かし苦しそうに呻き声をあげる。


「うなー、うなー」


「ごめん」


「落ち着いてネモ。ネモらしくないわよ」


「でも、エリシャはダンジョンで――!」


「そうよ! 私は一度ダンジョンで死んでいる。あのときネモに助けられていなかったら、今の私はない。だけど、今必要なのは力よ! 正しい情報を聞き出す力が必要なの」


 いつまでも、過去を引き摺っていけないわ、とエリシャは俺の目をしっかと見ながら力強く言った。俺はそれに気圧されてしまう。いつもそうだ。俺はエリシャのこの目には勝てない。初対面の時、エリシャを蘇生した直後もこの目をされて、結局ダンジョンに戻った。

 俺は深く溜め息を吐いた。


「だが、ダンジョンって言っても沢山あるんだろう? 何処のダンジョンに行くんだ?」


「ふっふっふー! それも考えているわ!」


 エリシャがすっくと立ち上がった。着ていたドレスがしわくちゃになっているのも構わず、懐から一枚の紙を取り出し、眼前の机に叩き付ける。


「ダンジョンっていうのは現在第一次、第二次、第三次の三種が確認されていて、攻略時の財宝にそれぞれ特徴があるの。第一次は刀や銃、といった物理的な武具が――第二次は魔術や呪術といった魔学が――そして、第三次ではまだ二つのダンジョンしか攻略されていないからよくわからないけれど、第一次と似たような武具が財宝としてもたらされるわ」


「へえ、そうなんだ」


「そして、ダンジョンが現れる二百年周期には、決まって『来訪者』と呼ばれる人が少なくとも一人以上確認されているの!」


 『来訪者』といえば、エリシャと出会ってばかりの時にそんな話を聞いたことがある。暫く聞いていなかったから機巧核のストレージの奥の方に眠っていたのを掘り返した。

 エリシャの話では来訪者は皆人間とのことだが、俺もそれに入るのだろうか? 純粋に気になるな。俺は見た目こそ人間からは程遠い。しかし、中身は人間であると信じている。だから、『来訪者』とは言えないだろうか? 


「――――」


「確か来訪者の到来は乱世の到来とも言われているんでしたよね」


 俺が口を開きかけた瞬間、それはキキョウによって遮られた。


「その通りよキキョウちゃん。伝承では第一次の来訪者が黒の一族の始祖だと言われているわ。そして第二次の来訪者の四人ががロールスト連合国の元である四つの同盟を作ったの」


「この紙もそうだが、どうしてそんなに説明口調なんだよ」


「なっ! べ、別に説明口調なんかじゃないわ!」


 俺はキキョウに視線でどういうわけと合図を送る。すると、キキョウが、


「ネモ様が帰ってくる前に図書館で一生懸命調べていました」


 と、澄まし顔で言ってのけた。


「ちょっと! キキョウちゃん……!?」


 あわあわとするエリシャを見てキキョウとカエデがコロコロ笑った。それに釣られて俺も吹き出してしまう。


「それで?」


「んっんん! それで、結局私たちが行こうとしているのは二つのダンジョンよ。まずは第一次ダンジョン群最後の第八十八番ダンジョン、そして第三次ダンジョン群第四番ダンジョン。この二つを攻略して戦力を増強しようって算段よ!」


 どうよ! とエリシャが胸を反らせる。机に置かれた紙には二つのダンジョンの詳細が書かれている。


《第一次ダンジョン群第八十八番ダンジョン、通称:雷切ダンジョン。九割五分攻略済み。しかし、最終エリアに鎮座する守護者のみ打倒できず。攻略法皆無。》


《第三次ダンジョン群第四番ダンジョン、通称:連銃ダンジョン。一割攻略済み。》


 うむ、詳細にしては情報量が少なすぎませんかね。それに二つ目に至っては一割しか攻略していないじゃないか。立派に通称までつけているが、見るからに危険そうだぞ。俺はどうかわからないがエリシャやキキョウ、カエデでは太刀打ち出来るのか?


「どう?」


「いや、どう? じゃなくて。何これ?」


「何ってダンジョンの詳細よ」


「全然詳しくないんだけど。何この箇条書きみたいな文。最後まで頑張れよ!」


「うるさい! 疲れたの! これでも私なりにリカバリーしようとしたんだからね!」


 頭が痛くなりそうだ。いや、まあ、自身の失敗を償おうとする気持ちは汲み取りますよ。次に繋げているのも評価しますよ。けれど、そのプレゼンがこれではすべてが台無しじゃないか。これで行く気になる人間がいる筈が――。


「「ダンジョン!」」


 膝の上と向かいのソファにいました、本当にありがとうございました。

 いやいや、お前ら本気か? この紙からでは伝わる情報が少なすぎて、寧ろ危険信号が聞こえてくるのだが! しかし、膝のチビッ子は鼻息荒く俺を上目遣いで見上げ、向かいの少女は、すすっと俺の隣に腰掛け俺の肩に頭を乗せる。

 嬉しくない。絶望的に嬉しくない。死地に喜んで飛び込んでいく兵士を見ている並に嬉しくない。エリシャの勝ち誇ったような目がムカつくのは俺だけなのが、余計に俺を腹立たせる。


「大体、何故その選択なんだ? 他にもっといいものがあるだろ?」


「それは今後の戦闘スタイルを見越しての判断よ。多分だけどこれからの戦闘はどんどん長距離戦に移っていくわ。けれども、それはまだ少し先よ。だから、まずは中距離と近距離戦闘を同時に行える武器が必要なの」


「この二つのダンジョンがそれを叶えるのか?」


「ええ、そうよ。まず雷切ダンジョンは財宝に魔法、魔術を打ち消す刀があるとされているの。そして、連銃ダンジョンでは何発も撃てる銃が確認されているわ。何発も撃てる片手銃と魔法、魔術を打ち消す刀が組み合わさればどうなるかしら?」


「確かに戦闘スタイルが変わるな。確か今の戦闘方法は火縄銃による一斉射撃と魔術師による肉弾戦だろ?」


「その刀と連銃を組み合わせて戦えば、間違いなく最強の武装になるわ」


 ううむ、確かに一理あるな。そしてこの武器を俺やエリシャが持つのではなく、キキョウやカエデが持ったならば、一騎当千の戦士になるだろう。魔術も効かず、遠距離も近距離もお手の物となればこれほど恐ろしいものはない。

 それにしてもこれはあれだな。まるでガン=カタだな……畜生! 格好いいじゃねえか。失われた中二心が刺激される。


「名前は……何がいいかしら?」


「ガン=カタ。ガンは銃の意味。カタは型の意味」


「ネモも気が変わったみたいね。名前も気に入ったわ、それでいくわよ」


 こうして次の目標が決まったのだった。


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