エリシャの選択
「父さんが私につけてくれたから詳しいことはわからないの。ご免なさいね」
「えっ! エリシャは知らないで連れていたの?」
この声に多くの子息たちが私の方に集まってきたわ。まずは、私に質問攻めをしていた女の子たちが、私と後ろのキキョウを取り囲んでキキョウの髪の毛を触ったり、着ている服の材質を確かめたりし出したの。
「どうしたの?」「奴隷の品定めだってさ」「あー、それ僕も気になっていたよ」
様々なところから声が聞こえ、続々と男女問わず私たちを取り囲む。するとエマが、
「これくらいの容姿だと、軽く辺境伯の年収くらいするんじゃないかしら」
と、顎を捻りながら呟き、私が内心そんなにするのかと驚いていると、ふとある疑問が持ち上がってきたの。フォーカス男爵はどうやってキキョウを手に入れたのかしら? だってそうでしょう? フォーカス男爵は国の外れの小さな辺境爵よ。その彼が自身の収入の一年分もあるキキョウをどうやってかったのかしら?
貯蓄していたと言われればそれまでよ。でも、あの豚野郎の言動からするととてもそうは見えないわ。それに、そんな値段のするキキョウをああも無惨に扱えるものかしら? 思わず私はキキョウの手を握ったわ。
そんな私にキキョウは頓狂な顔をしていたけれど、もっと驚いたのは周りの子息たちの反応よ。まるで、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしていたわ。
「エ、エリシャは平気なの?」
「何かしら?」
「安易に黒の一族に触ると殺されるのよ? 父がそう仰っていたわ」
「僕もそう聞いたよ」
次々にそのような声が上がり始めたわ。正直これは知っていたの。何故か貴族たちは子供たちにこのような法螺を吹き込んでいる。恐らくこれは黒の一族の怪力を警戒してのことなのでしょうけど、全く馬鹿げたことよ。キキョウはこんなに可愛いのに。私なんて毎晩抱き枕にして眠っているくらいだわ。
「そうなの? 父さんはそのようなこと一言も言っていなかったのだけれど……」
「じゃあ、きちんと知っておいた方がいい。俺たちもモンテローネ嬢が傷つくのは見たくないからね」
きっぱりと誇らしげな顔で言うジョウダン。私はこのときほど人の顔を殴りたくなったことはないわ。たった十八年の人生だけど、それなりに人道は学んできたつもりよ。一昔戦争しただけの関係じゃない。それを今も引きずって、ましてや触らない方がいいですって? あなたたちの父さんは誰に守って貰っていると思うの? 黒の一族の護衛よ。冗談も程ほどにして欲しいわ。
でも、私気が付いたの。彼らは悪気があって言っているわけじゃあないのよ。ジョウダンも本意で私を心配して言ってくれいてるし、エマも彼の言葉に頻りに頷いている。
「彼女には部屋の外に行ってもらおうよ」
「それがいいわ」
「エリシャに何かあったら、モンテローネ伯に何て説明すればいいかわからないからね」
「正直、サロン室を壊されたら敵わないよ。父さんに説教を食らうのは僕なんだから」
このサロンを主催した一人の子息が冗談めかして言うと、周りの子息たちがドッと笑ったわ……。私は悲しくなった。同時に怒りが沸いてきたわ。彼らは自分達の矛盾に気が付いていないのよ。自分達は黒の一族を欲して、一つのステータスとしているのに、近くに置いておくと怖がる。まるで猛獣みたいな扱いをしているの。そりゃあ、貴族の中には獰猛な精霊を捕獲してきて飼う人もいるわ。でも、キキョウたちは人間でしょう? どうしてこんな惨いことが出来るの?
私は思いきり怒鳴り付けたくなった。でも、それはキキョウに止められたの。言葉は発さずに首を横に振るだけで。彼女は私に一礼した後子息たちにも一礼すると何も言わずにサロン室から出ていったわ。
「ああ、怖かった」
「北国ではいつも肝試しをしているのかい?」
「僕は背後に剣を置く勇気はないなあ」
「だから、クィン王国の兵士たちは屈強なんだよ」
「ようし、俺も家に帰ったら父上に頼み込んであれをつけてもらおうかな」
「それはいい考えだな。いつでも訓練をしているみたいだ」
「ははは」「ほほほ」
今度こそ私は目眩がしてきたわ。ここの人たちは人間じゃないのかしら。私がふらついて机に手をつくと、何人かの人たちが介抱しに集まってきたわ。でも、私はこのような人を人とも思わない冷血な人たちと、同じ空間にいるのが嫌だったから、全部断って椅子に座っていることにしたの。
すると、彼らは何て言ったと思う?
「嬢も気を張り詰めていたのね」
「クィン王国は女性にまで訓練を課すのか」
ですって! 本当ムカつく奴等よ! もうね、私嫌になったわ。こんなに意識が乖離しているんじゃあ、ネモが目指そうとしている平和的解決なんて何十年かかるのかわからないわ。そもそも、黒の一族を人として扱っていないのだから。
でも、どうしてここまで徹底して猛獣扱いをするのかしら。史実をなぞれば、ロール人と黒の一族は二百年前から戦争をして来たって習ったわ。それまでは黒の一族の一強で、それこそ隣大陸に進撃せん勢いだったとか。でも、二百年前の第二次ダンジョン群の出現で魔術の技術が持ち込まれると、適性のあったロール人が徐々に形成を逆転し始めた。そして、三十年前の大戦を最後に黒の一族は滅亡し、今は奴隷しか残っていない……。
確かに敗者を奴隷に出来るのは勝者の特権よ。認めたくはないけれど、歴史が証明しているわ。だけれど、きちんと人間扱いをしてきたわ。功のあったものはきちんと取り立て、貴重な働き手として衣食住も簡素ながら用意されていたと、ダンジョンの書物には書かれていたのに。
私が椅子の上で膝を抱えると、それに驚いたエマが私の方へ駆け寄ってきた。私は慌てて居住まいを正し、服に皺が出来ないように、椅子に座り直したわ。最近貴族生活をしていなかったから、気が緩んでしまったのね。
あー、煩わしい。ネモと一緒にいる方が何倍も気楽だわ。ここにいる人全員ネモだったらいいのに。
「大丈夫? やっぱり疲れていたの?」
「私の国ではこんな素晴らしいサロン自体なかったから、少し疲れたのかもしれないわ」
「じゃあ、帰る?」
「そうさせてもらうわ」
私がそう言うと、エマがにやにやしながらジョウダンを呼んだの。彼はそのとき私のために濡れたタオルを絞っていて、その声はサロン室中に届いていたから、皆がジョウダンとエマに注目したわ。
「エリシャが帰るそうなので、家まで送り届けてもらってもいいですか?」
「僕も心配していたよ。大丈夫かい? 女性だけでは万が一の時に助けられないかもしれないから、僕が責任持って送り届けるよ」
背後でジョウダンを茶化す声が聞こえ、彼も帰宅後のそういうことを期待しているのは見え見えだった。流石の私もこれにはプッツンしたわ。ダンジョン書物風に言うなら、堪忍袋の緒が切れるって奴よ。
でも、単純に怒りをぶちまけても彼らはちっともわからないでしょうから、私は一捻り加えることにしたの。
「キキョウ! 手を貸して欲しいの!」
「はい、ただいま」
キキョウの手を借りることで、この無知で蒙昧な連中に小さな仕返しをしてやろうというわけ。私はキキョウに背負われながら、ゆっくりと部屋を出ていったわ。
あのときのあいつらの顔ときたら。笑いを堪えるのに必死だったわ。でも、背負われながら笑いを堪えるのは、存外体にくるのね。キキョウが不思議そうな顔をしていたわ。去り際にサロン室を見たら皆がポカンとしていたわ。ジョウダンも私に手を貸せずにただ見ていることしか出来なかったのよ! これが、今の私に出来る最高の仕返しだわ。
私決めたの。私はこんな馬鹿な法螺を吹き込む大人たちを許さない。ネモは協力者を探すと言っていたけれど、私は逆に反逆する人を探すわ。ネモが味方を作り、私が敵を討つ。同時に父さんの仇も取れるし、とってもいい考えだわ。
そして、親玉を見つけたら皆の前で悪事を読み上げてあげるのよ。そうしたら皆も気が付くに違いないわ。黒の一族が危険だなんて嘘っぱちだ、本当は友達になれるんだってね!
ああ、もうわくわくしてきたわ! 反逆者を探すためには何をすればいいのかしら? まずはそこから考えていきましょう。




