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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
三章 貴族社会のあれやこれ
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議会の行方

 クリーヴは答えない。堅く閉ざした口は引き結ばれ、その唇は力が入りすぎて白くなっていた。俺の言いたいことを理解しているのだろう。


「カエデに渡した水は中庭の池から持ってきた水ではありませんか?」


「そんなはずは……」


「ではこの国では池の水を皆に出しているのですか? 私は鼻が良い。この臭いは中庭の池のものですよ」


 たじたじに後退るクリーヴが壁にぶつかった。それ以上下がることは出来ないというのに、それに気が付いていないのかまだ下がろうとしている。それを見ると、俺はこの老執事がとても哀れなものに見えてきた。

 来賓席の特別蕭洒(しょうしゃ)な調度品に肩を挟まれ、息も絶え絶えにするクリーヴ。彼は言い訳を必死に紡ごうとからからに乾いた唇を動かした。しかし、漏れ出てくるのは僅かな呻き声のみだった。

 整髪料で整えられた色の抜けた赤髪がはらりと眉毛にかかる。クリーヴの顔は白くなり、薄暗い来賓席に幽霊のように浮き上がった。


「責任者を呼んでくれますか?」


「…………」


「カエデ、外へ行って議会を管理している職員を呼んできなさい」


「はい、ただい――」


「暫しお待ちを!」


 唐突にクリーヴは身が弾けたように前のめりになると、そのまま()()をした。そして、両手を床に付くと、深々と頭を下げるではないか!

 これは一体どういうことか。まるで土下座である。否、土下座だった。 この世界では土下座が存在しているのか! しかし、どうして――ああ、成る程ダンジョンか。何処かのダンジョンで土下座を含む知識が流入したのだろう。そう考えると納得がいく。


「何か弁明でも?」


「弁明も申し開きもいたしません! ですが、ですが――! 一つだけお伺いしても宜しいでしょうか!」


「何でしょう。申してみなさい」


 俺は手でカエデを下がらせ、椅子の横に土下座をするクリーヴを見下ろした。


「どうして……いえ、何故伯爵様はそこまで彼女を庇うのでしょうか? 彼女は――」


「黒の一族……ですか」


「はい。言うまでもないことだとは思いますが、私たちは一昔前の大戦で彼らに何度苦渋を飲まされたか分かりません。破壊された町も死んでいった同胞も、もう帰ってこないのです。それをまるで始めからなかったかのように……私には伯爵様が狂人にしか見えません。ご存知だとは思いますが、数ヵ月前に奴隷解放を唱えるアルクドルク伯爵の令嬢が、仲間殺しをしたとして処刑されました。この国では貴方様の行為はタブーに等しいのです。それを……」


「それを堂々と行える神経が信じられないと言いたいのですね?」


「……」


 俺は老執事の沈黙を肯定と受け取った。この執事は覚悟を決めたと見える。とはいえ俺からすると、彼の覚悟は少しも理解できない。俺のスタンスはあくまでエリシャの模倣ではあるが、日本人として生まれて来た手前、人種差別には断固として反対である。それが如何なる理由であろうと、万人の持つ永久的な権利として人権は存在するはずなのだ。

 俺の考えというものは、奴隷という概念が存在するこの世界において、受け入れ難いことである。その世界に長年生きてきたクリーヴには、殊更受け入れ難いことであろう。


「クリーヴ。君は今とても重要な、それこそ世界の分岐点と言うべき岐路に立っていることを自覚した方がいいでしょう」


「世界の分岐点……ですか」


「そうです。人の生は五十年と言います。先の大戦は三十年前のこと、今こそが世代の移り変わりの節目なのです。いつまでも後ろを向いて歩いてはいられません。後ろの倒木に気付かずに倒れてしまうことがないよう、そろそろ前を向くべきではありませんか?」


「……親を亡くした子供や子を殺された親はそう思うでしょうか?」


「――それは、誰がそう思うのですか?」


「誰と言われましても、ロール人ですが――」


 俺は組んでいた足をほどき、立ち上がるとクリーヴの正面に立った。


「それだけではないでしょう。黒の一族も同じことを考えていますよ」


「……!」


「まさかとは思いますが、君は黒の一族のことを喋る人形とでも考えてはいませんか?」


「……そんなこと……!」


「彼女らは喜びます。怒ります。哀しみます。楽しみます。もう気が付いたでしょう――君と同じ人間なのです」


「――――!」


 これ程動揺した人間の顔など中々見ることは出来ない。クリーヴは天啓でも下ったかのように目を見開き、口をポカンと開けて俺の両目を凝視していた。俺もその目を見返し、不敵に笑って見せた。


「人間……私たちと同じ……人間……」


 クリーヴがハッとしてカエデを見る。カエデはその視線に耐えられないのか、俺の後ろに隠れた。


「――他に言いたいことはありますか?」


「……いいえ、ありません」


「では、カエデ。医者を誰でもいいので連れて来てくれますか?」


「え? 医者をですか? 責任者はいいのですか?」


「ええそうです。クリーヴはどうやら心身ともに疲れているのでしばらく休んでもらいましょう」


 クリーヴは一瞬だけ何か言いたげな目を俺に向けたが、俺の意図を理解したのか垂れた髪の毛を正して押し黙った。

 カエデに医者を呼びに行かせ、俺とクリーヴは静かにそれを待っていた。議会の喧騒が限りなく遠くに聞こえ、ここは本当に連合議会なのかと疑ってしまいたくなる。彼方の会議の様子を聞けば、今は巷に溢れ始めている贋金の対策について議論していた。

 俺はクリーヴにカエデが座ったいた椅子を差し出した。


「……これは?」


「貴方のような戦前のことをよく知っている聡明な方が床に座っているのは、どうにも気分が悪いのでね。どうぞ、カエデのための椅子ですが、よかったらお座り下さい」


「……そんな! 私は職務を忘れ私情に走った愚かな老いぼれでございます。私めには床が丁度いいのです」


 クリーヴは頑なに動こうとしなかった。無理矢理座らせるのも気が引けるので、俺は彼をそのままに遠眼鏡で会議を覗くことにした。

 暫くすると、クリーヴが一歩俺に近づいた。


「モンテローネ伯爵、一つよろしいですか?」


「構いませんよ」


「伯爵様はこの国に何をしに来たのですか?」


「私はですね――明日を生きるためにこの国へ来ました」


「明日を生きる――ですか」


 直後、扉をノックする音と共にカエデの舌っ足らずな声が聞こえてきた。俺はカエデと彼女の連れてきた医者を部屋に入れると、医者に軽く状況を説明――勿論でっち上げである――し、複雑な顔のクリーヴを半ば強引に担架に乗せた。


「お大事に。容態が安定したらお見舞いに行きます――また会いましょう」


 担架はクリーヴの返事も待たずに行ってしまった。残された俺とカエデは椅子に戻った。会議は最近各地で目撃されるワイバーンと髑髏頭の魔族の討伐隊が結成するか否かの採決を取っているところだった。

 そうだ。遅蒔きながらこの国の議会について説明をしよう。まずは、盟主についてだ。ロールスト連合国は五十以上の国が集まって一つの巨大な国を形成している。それぞれの国はいずれも四つある同盟のうちの一つに参加しており、その同盟をまとめる国が盟主とよばれている。元々これらの同盟は二百年前、この同盟の下に四つの陣営に分かれて戦争をしていた頃の名残であるので、今は形ばかりのものとなっており、今では盟主を決める時くらいにしか活用されていない。

 であるからして、盟主は代々同じ国が務めるのではなく、その時一番力を持っている国がなるという形式を取っている。

 次に、議席について説明しよう。先述した通り、この国は連合国なので議会には一国一席の議席が存在している。例外的に四つの盟主たちが持つ五席分の盟主席があるが、基本的には国の大きさ関係なく平等に割り振られている。議席は二百年前の名残できちんと同盟ごとに分けられており、一番前に盟主を立て、その後ろに同盟国が続くという形である。

 最後に、議長だけが同盟を超越した存在であり、代々一つの家が歴任している。これは採決の平等性を考慮した結果なのだそうだ。

 分かりやすく言うと、同盟が党であり、四つの盟主は首相の権限を四つに分割したものだと考えればいい。日本と違うのは、議会は一院制であり、春の四ヶ月、秋の四ヶ月の一年に二回議会が開かれている、ということだ。

 では、話を戻そう。ワイバーンと魔族への対策は連合国きっての武闘派国家であるメンリカ国とヘルウィン国が中心となり、警護の兵を倍にすることに決定した。

 それから、精霊が活発化していること、ダンジョンの攻略が思うように進まないことを責める問答があり、そこで懐かしのドラ司令が面に立って答弁していた。今すぐにでも殺してやりたい衝動に駈られたが、そこはグッと我慢し、代わりにカエデの頭を撫でてあげた。訳もわからず驚いた顔をしていたカエデであったが、直ぐに機嫌を良くして俺の膝に乗ってきた。

 そして、天は冷や汗を流すドラ司令に味方をしたのか、ドラ司令が吃り始めた頃合いで昼食のチャイムが鳴った。ぞろぞろと議会を後にする議員たちの後に俺は来賓席を出て、ランチの約束をしている、何人かの議員の元へ向かった。

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