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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
三章 貴族社会のあれやこれ
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連合議会の来賓席にて

 議会は訃報から始まった。第一盟主であるヘイレン公、第二盟主であるコクーラン伯、そして水産庁副長官であるフォーカス男爵に弔辞(ちょうじ)が読み上げられる。俺はそれを来賓向けの傍聴席で聴いていた。来賓向けの傍聴席は議長の近くの二階に設けられてある。であるからして俺には議員たちの顔がよく見えた。

 長ったらしい文句と共に幾人かの嗚咽が聞こえた。肩肘をつき遠眼鏡でその様子を見ていた俺は、あまりの退屈さに欠伸が出そうになる。勿論、俺の体はロボットなので結局出ることはなかったが、代わりに溜め息が出た。

 弔辞の後議長が勇猛にも敵討ちを宣言した。多くの議員が勇よく立ち上がり力の限りの拍手を送る。俺はそれを見ながら、遠眼鏡を外す。入国したときに世話役として付けてくれた老齢の執事が、俺の耳元であれこれどうでもいいことを教えてくれた。それを適当に聞き流し、何となく拍手を送ってみた。すると、執事は何を勘違いしたのか、涙ぐんでいた。

 どうして泣いているんだよ。俺はその三人を殺した張本人だぞ。この拍手も、ご苦労様頑張ってねくらいの意味しかないのに、よくもまあ……。


『それはマスターの正体を知らないからです』


 分かっているさ。今の俺は連合国へ旅行中のネモ・アルク・モンテローネだ。北方のクィント王国の伯爵であり、旅行好きの貴族という設定だ。真意に気付けという方が無理な話だよ。


『その通りです。今のマスターの姿は万人が認める素晴らしい中年貴族です』


 お世辞をありがとう。だが、当たり前のことを言うなよ。俺はデータベース上の一番格好良くて威厳のある貴族の姿を元に今の姿を作ったんだぞ。


『失礼しました』


 そうなのだ。今の俺の姿は、身長百九十四センチ、体重を九十七キログラムの大丈夫(だいじょうふ)なのだ。見た目もこの世界の()()()()男性を考慮してある。この姿から本当の俺の姿を探ろうとしても到底出来ることではない。

 横に控えるクリーヴという執事も俺の姿に最大限の敬意を払っていることはすぐにわかった。俺の一つ一つの仕草を観察し、俺が言葉を発する前に意図を汲み取って行動してくれるのだ。人は見た目によらないとか何とか言うが、結局のところ見た目はその人の印象を大きく決定付ける。


「クリーヴ」


「はい、お飲み物ですね?」


「頼む」


「暫しお待ちを」


 クリーヴがお茶を用意している間、俺は進んでいく議会に目を戻した。今は後任を紹介しているらしい。第一盟主の後任はその息子である、エディ・エディ・ヘイレンが引き継ぎ、第二盟主の後任はコクーラン伯の腹心のシームーン男爵が引き継いだ。フォーカス男爵の後任は息子のフィロではなく、クリーバル子爵が引き継いだ。

 俺の左側からお茶っ葉の良い匂いが漂ってきた。俺がその匂いを吸い込むと右隣で身動(みじろ)ぎをする小さな影が目についた。お茶の香りに鼻をすんすんと動かし、待てと言われた子犬のようにこちらの方を窺っている。


「わかったわかった。クリーヴ、カエデの分のお茶も淹れておいてくれ」


「……畏まりました」


 カエデは十歳の黒の一族だ。俺が貧民窟で贋金作りに勤しんでいるときに、たまたま競りにかけられているのを見かけ、たったの金貨十枚で競り落とした。対面したときの彼女は鈍器で砕かれたのか、酷く曲がった両腕を隠すようにして俺の前に現れた。その悲惨さを何と形容したら良いのか俺には分からない。ただ、言えるのは彼女の両腕を見るために多くの見物客が集まり、その両腕を指差して面白可笑しく笑っていた。今はナノマシンで治療して元通りになっているが、その時の見物人たちの顔を忘れることは絶対にないだろう。

 ややをして、お茶が運ばれてきた。綺麗な狐色のお茶だった。それを椅子の横の小さなテーブルの上に置き、続いてカエデのお茶を淹れ始める。やがてテーブルに置かれたお茶は、温くて色も悪いお茶であった。

 成る程ねえ。クリーヴのような出来た執事であっても、黒の一族には冷静に対処出来ないらしい。このような稚拙な嫌がらせを俺がいる前でするとは……そこまで頭が回らないほど憎いのか。一息にロール人の執事がちっぽけなものに見えてきた。誰も動かない空白の時間が生まれる。


「伯爵様。お茶を召し上がり下さいませ」


 その時間を壊したのはこともあろうにクリーヴであった。本人としては、俺のために淹れたお茶を冷める前に飲んで欲しかったのだろう。そして、誉めて欲しかったのだろう。だが、カエデへの態度を見て誰がこの執事を誉めようと思うのか。


「じゃあ、頂こうかな」


 俺は(ぬる)て色の悪いお茶を手に取り、一気に飲み干した。それには流石のクリーヴも肝を潰したようで、


「お待ちください!」


 と、慌てて俺の手を止めた。


「どうした?」


「伯爵様。こちらのお茶は貴方様のものでは御座いません。こちらはそこの奴隷のものです」


「そうなのか? 結構美味しかったぞ。それに、こっちのお茶は小便みたいな色をしていて飲む気にならん。これこそ奴隷に飲ませるものではないのか?」


 クリーヴは俺の手を離して一歩下がった。一瞬、見えた憤怒の形相は俺ではなく、カエデに向けられている。カエデが俺の袖を掴んだ。


「カエデ。お前のお茶だ。クリーヴが意地悪をしてこんな小便みたいな色になってしまったが、味は俺が保証する。飲んで良いぞ」


「はい!」


 カエデはカップを掴むと溢れないように慎重に口元まで持っていき口をつけた。そして、お約束のように目を白黒させてカップをテーブルに戻した。


「ネモ様ぁ! このお茶熱すぎますよう! 僕のべろがあぁ、ひりひりして! ひりひりしてぇ!」


「知ってたよ」


 ころころと表情を変えるカエデを見るのはとても楽しい。ポニーテールにした黒髪を揺らして水を探す姿はさながら子犬であった。


「クリーヴ」


「……はい。お水ですね?」


 ほう、きちんと切り替えは出来るらしい。伊達に執事はしていませんってか。仕事に私情を挟まない点は評価できるな。


「ああ、二人分欲しい」


「畏まりました」


 クリーヴは迅速に来賓席をあとにした。その際に、横目でカエデを睨んでいたことには目を瞑ろうか。正直、クリーヴが堪えられるとは思っていなかったからな。ロール人は誇り高いことはエリシャで知っている。だからその誇りを傷つけられる行為を許容出来るとは思えなかった。しかし、こうして見るとクリーヴはやはり優秀な執事あることがわかる。

 俺はカエデに向き直ると手招きした。舌を手で(あお)いでいるカエデはちょこちょこと俺の方へ寄ってきた。目の端に涙が浮いているところを見るに、もろに舌を火傷してしまったらしい。仕方がないから診てあげよう。


「こっちに来なさいカエデ」


「ひりひりするぅ」


 カエデは俺の膝まで来るとよじよじと登り、ちょこんと横向きに座った。相変わらず手は舌を扇いでおり、端から見ると滑稽で仕方かがない。とはいえ、もうそろそろ涙が溢れそうになっているので、早く診てあげないと。

 ……ではなく。何故に俺の膝に座る必要性があったのだろうか。てっきり俺は椅子の横に来るものだと思っていたのだが……いや、まあ、俺の体はかなり大きいので膝に座ったところで十分診ることは出来るが、だからといって……まあいいか。寧ろ診やすくなった。


「じゃあ、口を開けなさい。はい、あーん」


「あーん」


「診たところそこまで酷い火傷ではない。一日で治る」


「えっ! 一日もかかるのですか!? 僕にやってくれた魔法みたいなのはやってくれないのですか? あのときみたいに治してください!」


「あれは緊急事態のときにだけ使うものだ。大したことない傷は自力で治せ」


「えー、けち。そんなこと言って本当は僕をからかって遊んでいませんか?」


 カエデが目を瞑って口を開けた。舌まで出している。まるで雛にご飯をせがまれる親鳥のような気持ちになった。


「じゃあ、水を飲んでも治らなかったなら俺が治そう。それでいいか?」


「うー、わかりました」


「もうすぐクリーヴが帰ってくるから膝から降りなさい」


「はーい」


 カエデが俺の膝から降りたのと同時に部屋がノックされ、クリーヴが入室を求めてきた。俺はそのまま許可し、少し体温の上がったクリーヴを部屋に迎え入れた。彼は先程と打って変わって柔和な笑みで冷たい水の入ったグラスを俺とカエデに手渡した。


「頂いても? ネモ様」


「…………」


「ネモ様? 僕のべろがひりひりして限界なのですが――」


「――お前はそういう奴だったのか、クリーヴ」


 俺はみるみる顔色が白くなっていくクリーヴを睨み付けた。

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