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AIに意識を移植されたのでちょっと異世界行ってきます  作者: 鉛風船
二章 世の中思い通りに行く方がおかしいのです
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二人の談話


「どうして私を誘拐したのですか?」


 この質問をキキョウがしたのは、俺たちがロールスト連合国の首都であるローネリアに戻ってきたときであった。それも戻ってきてから幾日かが経過したある夏の夜更けであった。

 俺たちはローネリアの郊外にある高級住宅街に一軒の家を借り、暫しの休息を取っていた。俺たちが借りた屋敷は、何でも曰く付きの家であるらしく、中々買い手がつかなかったのだそうだ。俺たちがオーナーに借りたいと申し出ると、彼は喜んで貸してくれた。家賃割安、家具付きだ。多少の手入れは必要だが問題ない。

 その屋敷のテラスにて俺が寛いでいると、横にキキョウが現れたのだった。人間の姿からナノマシン製のスライムに戻った俺は、小さく身動ぎをして誤魔化そうとした。

 しかし、それは許されない。

 俺とエリシャに拐われてからというもの、キキョウはどうにも俺たちとの距離感を掴みかねている節があった。であるからして、初対面時に見せたような溌剌(はつらつ)とした、勝ち気な彼女の姿はめっきり見せず、代わりに見せるのは不自然に緊張した姿ばかりであった。

 それがどうしたものか、今宵に限ってキキョウは半ば詰問するような強情さでもって俺のところへやって来た。


「教えてくれるまでここから動きませんがそれでもいいですか?」


「それなら俺が移動するまでだよ」


「着いて行きます」


「……珍しく強情だね」


「そうでしょうか?」


「何かあったの?」


 俺は夜空を見上げながら言った。ここは住宅街なので星はあまり見えないが、俺の視力を以てすれば造作もない。俺の知らない夜空が広がっていた。


「……いえ、ですが私はどうしたらいいのかわからないのです」


「だから俺のところへ来たの?」


「はい。数いる黒の一族の中からどうして私を選んだのかを聞けばそれが分かるのでは――と思いまして」


 キキョウは俺が座っている椅子の横まで来た。俺の横にはもう一つ椅子が置いてあるのだが、それには座ろうとしなかった。エリシャが与えた部屋着の裾をきゅっと握り、俺の言葉が神の言葉であるかのように、神妙な面持ちで立っていた。


「キキョウが苦しそうな顔をしていたから」


「え……?」


「だからキキョウが苦しそうな顔をしていたからだよ。だから俺は助けた」


 キキョウが目を丸くした。脳の処理速度が追い付いていないのだろう。しかし直ぐに、


「……それは嘘です」


 とキキョウが苦しそうに言った。


「だとしたならば、私以外にも苦しい目に遭っている人がいたはずです。そのような人ではなくどうして……私なんか……」


 何故だか俺はこの卑屈さに腹が立ってきた。キキョウの境遇が良い方とでも言うのだろうか? そんなわけはあるまい。万人に聞いてもキキョウの境遇は最悪の部類だ。


「ちょっと待った。今私よりもって言ったよね? それはおかしい。その認識はおかしい」


「ですが、私よりも酷い話を聞いたことがあります。……生きているだけでも儲け物だと教わりました」


「キキョウの尊厳を傷つけるような行為がましだとでも? 君はそんな馬鹿げたことを本気で言うのか?」


「私たち黒の一族は奴隷です! 奴隷には何をしてもいいのです! だから命さえあれば……私の尊厳なんて……」


 ヤケクソ気味な言葉も尻すぼみに消えていく。両腕を抱えて震える姿は小さかった。


「君は人間だ。立派な人間だ。喜び怒り哀しみ楽しむ、れっきとした人間だ! 玩具なんかじゃあない!」


「で、ですが――!」


「俺を見ろ。俺は人間に見えるか?」


 キキョウは俺から目を離さない。じっと目に焼き付けている。口をキッと引き結び、握りしめた拳は白くなっていた。


「俺は自分のことを人間だと思っている」


「…………」


「嘘だと思うか?」


「……お言葉ですが、とても信じられません」


「俺はな、ほんの半年前までは人間だったんだ」


「……そ、それは!」


 キキョウが驚くのも無理はない。今の俺の姿は喋る魔物だ。奇っ怪な色をした珍しいスライムだ。恐らくエリシャでさえも俺が人間だと本気では信じていないだろう。この姿から人間を想像する方が無理と言うものだ。


「――魔物ですらなく、人間なのですか?」


「ああそうだ」


「……では――」


「そんな俺ですら自身を人間だと思っている。キキョウは下の人間を見がちだが、それを言ったら俺はどの位置なんだろうな」


 俺はキキョウの言葉を無視して続ける。キキョウの表情が固まった。キキョウの悪い癖だ。自身より下の人を見つけては自分は大丈夫と励ます。そういった類いの人間はその観点が覆されると容易に崩れる。


「……幻滅したか?」


「ネモ様は私の命の恩人です! 幻滅など……口が裂けても言えません!」


 そう言うが、キキョウは複雑な心境だろう。容易く推し測れる。呆れ、反省、猜疑、憧憬というような欠片が幾つも見える。


「こんな俺が人間なんだ。キキョウが人間でないはずがないだろう」


「……!」


 若干ながらキキョウの表情が柔らかくなった。


「その椅子に座りなよ。立ったままだと疲れるだろ」


「……はい」


 先程までのキキョウなら断っていただろう。命令だと言えば座っただろうが、姿勢を崩すことなく座るだろうことは簡単に予想がつく。


「問題を出そう」


「はい?」


「人間と畜生を分ける決定的な違いはなんだと思う?」


「……唐突ですね」


「いいから」


「そうですね……規則を守ることが出来る――でしょうか」


「はずれ。それくらいなら犬でも出来るよ。答えは未来を考えることが出来るかどうか――だ」


 キキョウはポカンとする。あまり実感がわかないのだろうか。そんなはずはないのだが。


「じゃあ、聞くけどキキョウは奴隷から解放された自分を想像したことはある? 可愛らしい服を着て、おめかしをして、友達と遊びに行くことを想像したことはある?」


 今度はハッとして顔を赤らめた。心当たりがあるようだ。


「あるんだね?」


「ええと、その……」


「それは未来のキキョウだ。空想なんかじゃあない、確実に待ち受ける未来の姿だ――キキョウの夢は何だ?」


「奴隷の私が夢を語るなんて……! そんな出過ぎたこと出来るわけがありません!」


 姿勢を正したキキョウは、何故か顔を赤らめながら叫んだ。その様子はお仕置きを恐れている、というよりも照れ隠しに吐いた言い訳のように聞こえた。


「いいから言ってみな。俺の叶えられる範囲でならきっと叶えてみせよう」


「あぅ……それは狡いですよぅ……」


「何がだ? 早く言ってみな」


「……め……ん」


「ん? よく聞こえないぞ」


「お……めさん」


「もう一声」


「……お嫁さんです!」


 可愛らしい夢だった。まあ、しかし、わからないでもない。奴隷という身分では自由恋愛も難しいだろう。俺のいた世界でも、自分の愛する人と寄り添うことを夢見る人は多い。俺はそれを否定しないし、ましてや笑わない。


「いい夢じゃないか。わかった。その夢俺がきっと叶えてみせよう。これから先長い道のりになるだろうが、一緒に探そう」


「……え? あの、一緒に探す……のですか?」


「任せろ。こう見えて人探しは得意なんだ」


 勿論、機巧核の機能である。機巧核の人称識別能力は、整形、年月を問わずに百パーセントで識別する。それを応用すればキキョウの相手を見極めることくらい屁でもない。恋のキューピッドが機械なのはご愛嬌だ。

 ところで目に見えてキキョウが落胆しているのはどうしてだ? 何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。生気が抜け落ちたようになっているではないか。んん? 膝を抱えだしたぞ。ああ! そんな体勢では下着が見えてしまうぞ! 年頃の乙女がそのような格好をしては……!


『完全にマスターの失言です』


 何故だ? 俺に落ち度はないはずだが? あるのならば言ってみろ。


『……いえ、何でもありません。マスターに落ち度はありません。私の間違いでした』


 当たり前だ。今の会話で俺に間違いなどあろうはずがない。完璧だったぞ。


『そうですね。完璧でした。惚れ惚れするフォローです。ところで、キキョウ様の夢を叶えるということは誰か男性と知り合わなくてはなりませんね』


 そうだな。だが、この世界で異性と知り合う場所って何処だ? それもキキョウは世間体的には奴隷だから一筋縄ではいかないだろう?


『最悪マスターとくっつけばいいのでは?』


 何を言っている。俺は機械だぞ。どうやって結婚するんだ? それに機械を好きになる奴なんてこの世界じゃいないだろう。


『……そうですねー。ですが、マスターはもう少し言葉の外に目を向けた方がいい、と進言致します』


 何かよくわからんが、わかった。善処するよ。

 不意にキキョウが立ち上がった。俺はそれを目で追う。テラスの欄干(らんかん)までいくと手すりに手を置き、大きく息を吸った。そして、


「私は人間だ!」


 と、叫んだ。キキョウの奇行に俺は思わず身を乗り出した。一体どうしたのだろうか。唐突に叫ぶなどキキョウらしくも……いや、キキョウらしいのか。きっとこれが本来のキキョウなのだ。隠しもせずにありのままであろうとするキキョウの姿だ。

 とはいうものの、キキョウの心情の変化はよくわからない。だが、突然の宣言は何かの決意の用にも見えた。こちらを振り返ったキキョウの顔は清々しくあった。周りの照明も落ち、夜空がよく見えた。相変わらず知っている正座は一つもない。だが、それでいい。知らない夜空も悪くない。


「ネモ様。もう夜も遅いです。部屋に入りませんか?」


「吹っ切れたみたいだね」


 何故かわからないけれど――。という言葉は言わないでおく。


「はい。私、わかったんです。世の中には色々な人……人? がいると。それとネモ様は私の夢を叶えてくれると言いましたが、それに頼りきらずに自分でも叶えていこうと思います。ですのでよろしくお願いします!」


「いい心掛けだね。成果の報告を楽しみにしているよ」


「では、早速――」


 キキョウは俺を抱え上げた。俺は突然のことに面食らったが、キキョウと打ち解けたようなのでよしとする。それに、俺はそれなりに重いはずなのだが、それを感じさせる様子はない。これが黒の一族の力の一端なのだろう。そのまま抱えられることにする。


「私がお部屋までお連れしますね」


「ありがとう」


 今晩は久しぶりに完全なスリープモードにしよう。ゆっくりとしたい気分だ。それに何も考えずに運ばれるのは、存外に気持ちがいい。これからのことは明日考えればいいのだ。俺は欠伸が出そうな気がした。

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